個人的なことだが,私はピアノ演奏がほぼ唯一の趣味である。上手いか下手かで分けると,多分間違いなく上手な方に入ると思う。一応,高校2年生まではきちんと先生について練習していて,最後の1年間はショパンのエチュードの作品25全曲,バラード,ラヴェルの水の戯れがレッスン曲目だったといえば,どのくらいの腕だったか(・・・もちろん,過去形だけどね)はわかる人はわかると思う。現在,50歳を過ぎているが,ホロヴィッツの「星条旗」を弾こうとするくらいのピアノ馬鹿状態は維持している。
で,現在もそこそこ弾けるんだけど,外来ではジャズピアノを流していることもあり,クールにジャズを弾けたら格好いいよね,なんて考えたりするのだ。こう思っている「ジャズも弾いてみたいクラシックピアノ弾き」って結構いるような気がするがどうだろうか。
で,楽譜は読めるのでジャズピアノの楽譜を買って独学で,ということになるのだが,これがなかなか大変だ。楽器屋さんに行ってジャズピアノの楽譜コーナーを見ても,やけに簡単そうなものばかり並んでいるからだ。本当はそういうあたりから始めればいいのだろうが,何しろこちとら,ショパン・エチュードをバリバリ弾いてたもんね,という変なプライドがあるから,四分音符ばかり並んでいる楽譜なんて弾きたくないのである。楽譜は音符が詰まっているほど,音符が多いほど価値があると思っているんだもの。
おまけに,多くのジャズの楽譜は,左手は和声コードと二分音符が書かれているだけのものが多い。本当は,そのコードを見ながら和音を弾くんだけど,何しろクラシックピアノ弾きはそういう教育を受けていないもんだから,数字が書かれていても和音が弾けないのである。
では,左手の和音がしっかりと書かれていて,右手がちょっと難しそうな楽譜があったら,楽譜どおりに弾けばジャズになるかというと,そうは問屋が卸さない。ジャズ独特にスウィング感は楽譜には書かれていないからだ。つまり,楽譜どおりに弾いてもジャズにはならない。やはり,ジャズピアノを弾くにはそれなりの努力と勉強は必要なのである。ま,当たり前のことなんだけどね。
というわけで,楽譜で独学勉強ジャズピアノ弾きまがい(=私のこと)が,経験から学んだこと,購入した楽譜の内容について雑感をまとめてみる。
【全般的な注意点など】
以下,私が持っている楽譜で弾いたことがある曲についてちょっと紹介。
【上級 ジャズ ベスト・ヒット10】
多数のアレンジャーによる曲集で,最初の2ページはテーマ,そのあと2〜4ページのアドリブ,そのあと最初に戻ってコーダ,という形式の曲が多い。あまり凝ったアレンジがなく,「ピアノが弾けるジャズ初心者」にはとっつきやすい曲集といえる。
【ステージで弾きたいジャズ All The Things You Are】
これも多数のアレンジャーによる曲集。演奏難度はかなり高いが,演奏効果もかなり高い。挑戦する価値がある曲集だと思う。
【ハイ・クラス・ジャズ・ピアノ スタンダード名曲集】(納谷嘉彦,CD付き)
アレンジャー自身による演奏が入っていてとても参考になる。全体的に難易度は高いが,演奏効果も高く,苦労して練習すると報われる,という感じの曲が多い。
【カフェで流れるモダン・ジャズ・ピアノ曲集】(中島久恵編曲)
楽譜のタイトルを見ると,シャンソンを素材にした簡単な曲かな,と思ってしまうが,要求される技術の水準は高く,楽譜の通りに演奏するにはちょっと技量が必要。また,密集した和音が多く,譜読みもちょっと大変。
また,ジャズの楽譜には珍しく,きちんと指使いが書かれているし,強弱記号や表情記号もきちんと書かれているのがありがたい。特に,右手のパッセージのアクセントはジャズっぽく弾く(聴かせる)ためには必須のものだが,どういう風に弾けばいいのかがよくわかる。
ちなみに,同じ編曲者による【 ピアノソロ ジャズバーで奏でるモダンジャズピアノ曲集 】という曲集も売られているが,内容は全く同じなので間違えない(騙されない?)ように。さらに,全く内容の曲集がもう一冊あることを書店で確認しているが,書名を記録するのを忘れてしまった。
【プロフェッショナル・ジャズ・ピアノ 中島徹 (CD付き)】
アレンジャー自身の演奏CDが付録していて,演奏もなかなかよく,これだけでも楽しめる。16ビートバラード系というのだろうか,16分音符と付点音符で画面が埋め尽くされている感じの曲が多いが,楽譜を見ながら演奏を聞くと,なるほど,こうやって弾くとこんな感じになるのか,というのがよくわかる。。
【プロフェッショナル・ジャズ・ピアノ 松本圭司(CD付き)】
アレンジャーの演奏するCDがついているが,この演奏がスピード感と心地よい緊張感に満ちていてとてもいい。こういう演奏,好きである。
オリジナル曲3曲とスタンダードナンバーが選ばれているが,かなり難しい曲が多く,アレンジャーと同じテンポで演奏するにはかなりの技量が必要。これまで紹介した曲集の中で一二を争う難しさだろう。アドリブ部分が5ページにわたる曲もあり本格的だ。
【ジャズ・ピアノ・ファン Vol.2 藤井英一】
1980年出版と古い楽譜なので入手はまず不可能だろうが,アレンジャーの藤井英一さんの楽譜が素晴らしいので紹介する。この方は多くの楽譜を出版していて,現在でもかなりの数の曲集が店頭に並んでいるので参考になればと思う(下記参照)。
彼のアレンジはとても華やかでしかも演奏しやすいのが特徴だと思う。なぜ弾き易いかというと,音階やアルペジオ,半音階などの基本的な技術がそのまま使われていることが多く,ツェルニーを弾いているような感じで指になじむパッセージだからだ。だから,ツェルニー40番がきちんと弾ける人には楽勝だと思う。
また,和声も基本に忠実で奇異に走らず,エキセントリックな部分がないため,古きよきジャズの王道という雰囲気を漂わせ,弾いていて心安らぐ感じになり(これは,聞いている人にとっても同じだろう),曲想も掴みやすい。つまり,尖がったところはないが,安心して弾ける,安心して聴けるジャズだと思う。老舗が長年にわたって築き上げた味,ってやつだ。このため,ピアノの基礎ができている人にとっては,ジャズ独特のスウィング感,リズム感だけに専念して勉強すればそれなりに弾けるようになり,コストパフォーマンスが高いといえる。
ここで紹介する曲集の特徴は8ページ以上の長い曲ばかりだという点にある。主題のあとにアドリブ,そして最後に主題に戻るというオーソドックスな構成の曲ばかりだが,アドリブ部分が長く,5つ以上の変奏が続く曲もあって演奏時間は5分以上に及び,堂々たるコンサート用のアレンジである。
楽譜もきちんと書かれていて,変音記号の記載漏れはほとんどないようだ。また,ピアノの全音域使って演奏するような曲が多く,華麗な演奏効果を生み出している。そして,変ホ長調,変二長調といった弾きやすい調性の曲が多いのも特徴。
ゆったりしたバラード調のアレンジと,テンポの速い曲が交互に並んでいるので,まず最初はジャズに慣れるという意味からもゆっくりした曲を練習し,それが弾けるようになったら速い曲に挑戦するようにしたほうがいいようだ。
とはいっても,きちんと演奏するなら,ツェルニー40番程度の技術は要求されるので,ちょっとピアノが弾けるんだけど,というレベルの人にはかなりハードルが高いと思う。
このような楽譜だが,どうしてもご覧になりたいという方がいらっしゃったらメールでご連絡ください。私の詳細(?)指使い付きの楽譜をご覧に入れます。
【スウィングベスト・ヒット10 上級編】
ちょっと懐かしい感じのスウィング・ジャズの有名な曲をアレンジした曲集。どこかで聞いたことがあるよね,という感じの曲が揃っているため,クラシックしか知らない人にも曲調がつかみやすいだろうし,アレンジの仕方も変に和声に凝った部分がなく,技術的にもそれほど難しくないため,左手のリズムの取り方を勉強するのに格好の教材かもしれない。最初に取り組む曲集としてはお勧めの一冊である。
しかも,取り上げられている曲はなぜか,ジャズ映画の傑作,《スウィング・ガールズ》に使われている曲とかなりかぶっているのである。例えば,一番最初にみんなで練習するんだけどジャズのリズムにもなっていないというシーンの「イン・ザ・ムード」,初めてジャズのリズムの取り方を会得するシーンで使われる「故郷の空」,吹雪で電車が止まってしまうシーンで険悪なムードになったときに流れる「A列車で行こう」,コンクール本番で流れる「ムーンライト・セレナード」と「シング・シング・シング」,といった具合である。欠けているのは,エンドロールで使われる「ラブ」くらいである。この映画が好きな人にもお勧めかな。
(2008/01/10)