《アイランド》★★★(2005年, アメリカ)


 何にも考えないで,ぼーっとして眺めている分には楽しい映画です。ヒロインの女の子はすごくきれいで華があるし,派手なカーチェイスはあるし,アクションシーンもかなりの迫力だし,謎解きもあるし,一瞬も目が離せない映画です。しかも,カーチェイス場面では車はバンバン壊れるし,かなり金をかけて作っていることがわかります。何度か映し出される広大にして荒涼たる風景も圧倒的な美しさです。

 でも,ちょっと気合いを入れて見るとアラばかり目立ってきて,端々に手抜きが見えてきます。一言で言えば詰めが甘い,ってやつですね。カーチェイス以外にいくらでも金と手間をかけるところがあったろう,と言いたくなります。


 舞台は近未来です。環境汚染(だったかな?)のために地球は生存に適さなくなり,生き残った人間達は快適な環境に管理された閉鎖空間,コミュニティの中で生きています。毎日,毎日同じ事の繰り返しだけど安全な生活は保たれています。彼らの望みは,地球上に残された最後の楽園,“アイランド”に行くことであり,コミュニティでは毎日のように抽選があり,そのたびに一人が選ばれ,あこがれのアイランドに旅立ちます。

 主人公はこのコミュニティで生活する青年,リンカーン。彼は最近,悪夢に悩まされています。ヨットに乗って海に落とされて溺れる夢です。そして,自分たちの単調な生活にいらだちを感じ始め,いろいろなことに疑問を持っています。

 そんなある日,彼は換気口近くで一匹の蛾を捕まえます。人間以外の生物がいないコミュニティだからその蛾は外から侵入したとしか考えられません。しかし,外の世界は汚染で生物が住めないはずではなかったのかと不思議に思い始め,やがて彼はコミュニティの恐ろしい秘密と陰謀を知ります。そこから,彼の命を懸けた脱出劇が始まります。


 ま,そんな映画です。

 事の真相は映画の結構前半で判っちゃいますから,ばらしちゃいましょう。リンカーン達はクローン人間で,将来,クローン元の人間(いわゆるセレブって奴ですね)が病気になったり高齢になったときに臓器を取り出して移植するために作られた「製品」だったのです。


 おかしな点は幾つもありますが,その全ては,SF小説,SF映画とはどうでなければいけないかという根幹の部分の詰めが甘いことに起因しています。虚構の世界を描く以上,どこまでその虚構をリアルに描けたか,虚構の設定で世界全てを描き尽くしているかどうかにかかっているはずです。この映画,そのあたりが全然駄目。

 まず,クローン人間達が意識を持っちゃって困ったな,というあたりがそう。クローン達には予め記憶を植え付けておいたから大丈夫のはず,という説明をしていますが,体全部を丸ごとクローンにしている以上,中枢神経も育ってくるだろうし,そうなると物を考えたり疑ったり不安になったり工夫したりするわけで,クローンだから意識を持たない,というのはどう考えてもありえないです。

 映画中の乗り物も詰めが甘いな。空中を疾走するジェットバイクとか,電車(?)が空中を滑るように飛び回っているのに,道路は私たちの20世紀タイプの車で一杯だし,カーチェイスで重要な小道具となる「トレーラーに積まれている列車の車輪」はどう見ても20世紀の電車の車輪です。空中を電車が走っているのに,これだけ大量の鉄の車輪を積んでいるのは,どう考えてもおかしいです。

 コミュニティの近未来的・メカニカルな構造と,周辺の町の様子のギャップも大きいです。コミュニティの外はどう見ても20世紀のアメリカの田舎町だからです。街角にある情報検索システムはまさに未来の情報システムという感じのインタフェイスなんですが,その装置の脇を歩いている人の服装は20世紀のままだし,走っている車もなぜか20世紀末の車種です。


 一番不自然なのは,主人公とヒロインの脱出劇。逃げる方は初めて立ち入る場所(工場だったかな?)を逃げ回り,追う方はいつも働いている場所を追うわけです。こういう場合は,逃げる方は絶対不利で,常識的に考えれば逃げられるわけがありません。しかも,追っ手の方が数が多いのです。こうなると,工場内を知り尽くした追っ手側が逃亡者を袋小路に追いつめるはずなんだけど,なぜか,主人公達は逃げられるんですね。

 あるいは,この二人は外の世界についての知識は一切持っていないわけです。おまけに追いかけてくるのは元デルタフォース率いる歴戦の兵(つわもの)です。普通なら逃げられるわけがありません。見知らぬ街にいきなり放り出されて,しかも追っ手側はその街のことを知っているからです。それなのに,なぜか逃げられちゃう。

 その他にも,あまりにもご都合主義の場面が多くて白けちゃいます。なぜリンカーンは,初めて見るジェットバイクの運転ができて,おまけに華麗な運転テクニックを発揮できるのか,なぜ,あんな高いところから落下したのにヒーローとヒロインだけは傷一つ付かないのとか,いくらでも突っ込めます。


 それと,最終場面はすごく映像的にきれいだけど,これで本当にいいの,という気がします。クローンが外の社会に対する知識は一切ないことは前述の通りです。外の現実社会と共通する認識すら持っていません。そういう大勢のクローンたちが外の世界に脱出というか放り出されたところで,生きていく能力も手段も一切ありません。食料を手に入れることすら不可能でしょう。金魚鉢のデメキンやリュウキンをいきなり急流に放すようなものです。だから,あの最後のシーンは壮大だったけど,全然解決になっていないのです。あれだったむしろ,コミュニティ全体が爆発し,一人も生存者はいなかった,という方がすっきりしていたような気がします。

 それと,残虐シーン(目玉の中に脳検査用の超小型センサーが入り込んでいくとか,意識があるクローンの胸を切り開かれて心臓を取り出すとか)が幾つかありますが,これが必要以上にグロいです。羊水に浮かぶ胎児のようなクローンを取り出すシーンもかなり凄惨です。あと,出産したクローンの母親をいきなり殺しちゃうシーンも惨いです。妊婦の方は絶対に見ちゃ駄目な映画ですね。ショックで流産する危険性があります。


 というわけで,繰り返してみるような映画じゃないな。

(2006/12/14)

 

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