《コンタクト》 (1997年,アメリカ)


 今まで見た映画の中で,《ステルス》と並んで最も不愉快で胸糞悪くなった作品です。この映画は一般に「感動作」と紹介されているけど,これを推薦する奴は脳味噌が腐っているんじゃないでしょうか。最悪のアメリカ映画に特徴的な,宗教的独善性と文化の一方的押しつけを最も醜い形で露呈した映画です。その点で,クズ・ホラー映画,クソ・モンスター映画よりたちが悪いです。

 この映画からは,キリスト教が一番正しくて,キリスト教を信じない連中は真実を知らない不幸な馬鹿連中,と見下している姿勢がありありと見えてきます。そして,私たちの正しい神を教えてあげるわね,間違った神を信じちゃいけないわよ,と教え諭して下さるのです。ありがたや,ありがたや。

 余計なお世話だよ,お前ら! そういうのを善意の押しつけ,偽善って言うんだよ。


 まず,冷静にこの映画について紹介。原作はカール・セーガン(NASAで惑星探査計画,地球外生命体の探索計画の総指揮をとっていた人物)の書いたベストセラー小説『コンタクト』,監督はアカデミー賞を取ったこともあるゼメキス,そして主演はあの名優ジョディ・フォスターです。おまけに,2時間半の大作です。当時,最高水準のCGを駆使したことでも有名な映画です。要するに,ハリウッドの総力をあげて作ったんでしょう。

 で,どういう内容かというと,地球外生命体の存在を研究していた宇宙学者を父にする女性科学者がいて,彼女がヴェガ星という星から未知の電波をキャッチし,それを解析したら実はその星の高度な知的生命体からのメッセージであり,メッセージには宇宙空間をワープするマシンの設計図が書かれていて,その通りに作って彼女がそれに乗り込み,実際にワープして異星人に会ったんだよ,という映画です。

 これだけなら,似たものは他にも沢山ありますし,普通のSF映画です。映画好きなら幾つも似たような作品を思い出すことでしょう。ところがこの映画はそこに宗教というか神の実在を本気で真面目に絡めちゃうのです。冗談かと思っていたら,実は本気らしんですよ。馬鹿ですねぇ〜。


 ヒロインがワープ装置に乗り込んで18時間だけヴェガ星で滞在して異星人とコンタクトに成功するんだけど,地球上ではそれは1秒にも満たない時間で,しかもワープ装置内を撮影したビデオにはホワイト・ノイズしか映っていなかったのですよ。ヒロインは絶対に会ってきたと言うんだけど,それを証明するものが何もない。

 ここで,普通の脳味噌を持った人間なら必ずツッコミを入れますよね? なぜ時計を積まなかったの,ってね。これは特殊相対性理論で予想できる現象,つまり気の利いた中学生なら誰でも知っている現象です。なら,人類初の空間ワープをするのなら時計を積み込み,あとで地上の時計と比較すれば大発見になりますよね。中学生でも,このマシンに時計を一番最初に積み込むはずです。それなのに,なぜかNASAは時計を積み忘れちゃうんですよ。馬鹿か,お前らは! タワケだぎゃ!

 しかも映画の最後では,ビデオには何も映っていなかったけど,調べてみたら18時間分のビデオテープが回っていたんだってさ。そんなの,調べるまでもなくわかることでしょう? それなのに,なぜ,後になって判明するの? 揃いも揃ってアホ揃いとしか思えません。


 しかもヒロイン,科学的な事実からは自分は幻覚を見たのかもしれないけれど,自分が異星人とコンタクトできたことを自分は否定できない,なぜならそれを経験したからだ,と言い張るのです。少なくともこの時点で,このヒロイン科学者は科学者の資格がありません。「私は夢を見ていたのかもしれません。しかし,夢の中では異星人に会っているのです。だから,彼らを夢の産物とは言えません」って言うのと同じだぜ。

 ここらの論理は「イエスは復活したというのは科学では証明できませんが,しかし復活した様子をペテロが見ていると証言しているのです。だから復活は事実です」と言い張る頭の悪いキリスト教徒と同じ論理に似てますね。普通なら,死んだ者が生き返るわけがないんだから,復活するのを見たというペテロが嘘を付いているか幻覚を見たと解釈するのが当たり前だと思いますよね。だって,ペテロは昔からイエスの言葉を信じ込んでいたんですから。この時点でバイアスがかかっています。だから,彼の言葉を信じる方がおかしいよね。

 ま,ペテロはどうでもいいけど,ヒロインのこの言葉のあたりで,既に私にはついていけません。頭悪すぎます。


 それと,このワープ装置に乗り組む人間を選定するにあたり委員会が候補者に,「ではもう一つ質問。あなたは神を信じていますか?」って質問するシーンで怒り心頭です。オイオイ,宇宙旅行をする人と信仰って無関係じゃん。それを質問する方がおかしくないか? というか,何でこんな質問をするの? お前ら,絶対おかしいぞ。

 この質問を受けたヒロインが「なぜそのような質問をするのですか?」と聞き返すと,「人類の95%が神を信じているのだから,神を信じていない人間を宇宙に送るわけにはいかない」という答えが返ってきます。95%だよ。お前ら気は確かか? いつから人類の95%が神を信じるようになったんだよ。もしかしたらこの「神」ってキリスト教の神様のことじゃないか? だったら,俺はお前らの神なんて全然信じてないぞ! 俺は95%には俺は入っていないぞ。


 おまけに,「宇宙人に遭ってきたという証拠は何一つないけれど,私はその存在を信じます。なぜなら本当に遭ってきたからです」と言い切っちゃうヒロインもヒロインなら,彼女の姿を一目見ようと建物のまわりに集まる大群衆も大群衆です。お前ら,鉄板馬鹿!

 彼女は神様の実在を証明したということで,アメリカ国民が神様扱いしちゃうんですよ。そして彼女に同行している神父様だか牧師様がそれを肯定するときたもんだから,群集の熱狂は頂点に達します。本当におめでたい連中です。

 科学者で信仰厚い人がいたって別に構わないけれど,科学的事実と宗教をごっちゃにしちゃうのはあってはならないと思うよ。「進化論を教えるなら聖書も教えないといけない」という判決がどっかのお馬鹿国家であったけど,それと同じ知的レベルの科学者がいては困るのです。霊魂を信じたり,あの世を研究したり,ネッシーを本気で探すのと変わりありません。


 他の星に生命がいてもいいと思いますよ。例えば,木星の衛星エウロパは水もあるし硫化水素もあるし火山活動もあるから,硫黄バクテリアが発生していても不都合ありませんし,そこで生活している可能性は認めます。そういう星は探せば幾らでもあるかもしれません。

 しかし,そこから知的生命体が進化して,となると,オイオイ,ちょっと待ってねとなります。


 地球の歴史,地球の生命の歴史を見てもわかりますが,古細菌から人類までの道筋は決して一本道ではなく,偶然に偶然が重なったものです。全地球凍結の時代がもうちょっと長ければその後の生命進化の様相は全く異なっていたでしょうし,6,500万年前の恐竜絶滅が偶然の巨大彗星衝突だとすれば,その衝突さえなければ,地球はまだ恐竜の星だったかもしれません。

 おまけに,生命体が高い活動性を維持するためにはエネルギーを大量に作る必要がありますが,それを酸化還元電位で生み出せる元素は宇宙では酸素だけです。そして,その酸素を安全に効率よく運べる元素は鉄の他は数種類の金属があるだけです。つまり,運良く原核細胞まで進化したとしても,その先,体を大きくできる多細胞生物の段階に行けるかどうかは,鉄や酸素が豊富にある環境にあったかどうかが絡んでくるはずです。宇宙には酸素や鉄の替わりになる元素はないのですから・・・。

 そのような偶然の連続が都合よく起きて,しかもこの広大な宇宙で電波が届く範囲に知能を持つ生物が生まれ,電波を使う文明を発達させ,人類と同じ数字の体系を作り,物質を画像として認知する同じ視覚システムを獲得し,おまけに,人類が電波望遠鏡を使うようになった時期に合わせて電波を送ってくる・・・なんて,絶対にあり得ないはずです。

 これは,手元にあった材料を全部鍋にぶちまけたら満漢全席のフルコースになった,というより起こり得ないことです。赤ん坊がデタラメになぐり書きしたらなんとそれがシュメール語の文章になっていた,というよりあり得ないことです。


 この映画の原作を書いた学者さん,この映画を作ったお偉いさんに言います。お前ら,太陽系外の知的生命体を探す暇があったら,まず地球にはアメリカ以外の国があること,アメリカ文化以外に文化があること,キリスト教の神様以外にもたくさんの神様がいることをまず学ぶべきだ。

 地球の外とお喋りするまえに,まず地球の様子を勉強しろ! 異星人とお話しするのはその後だ。

(2006/11/13)

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