皆さん,『電車男』を覚えてますよね。そういや,そういうブームがあったな,あれっていつ頃だっけ? と妙に懐かしい気分になりますが,実はネットで話題になるのは2004年5月頃,本や漫画になるのが同年冬頃,映画やテレビでドラマ化されるのは2005年春から夏にかけてでした。本はベストセラー,テレビドラマは高視聴率,映画館は満員,と「電車男」旋風が吹き荒れましたが,今ではその痕跡すらありません。ま,ブームってのはそういうものなんでしょう。
で,今回取り上げるのがアメリカ映画の《バス男》。原題は,主人の名前そのままの《Napoleon Dynamite》ですから,このタイトルは『電車男』のパクリです。おまけに,DVDジャケットには「キタ――――(゚∀゚)――――!!!!!」の文字が! 『電車男』人気にあやかろうとする必死さが伝わってきます。
第一,《バス男》のバスですが,主人公のナポレオンが毎日高校に通うために乗っているだけで,ここで事件が起きるわけではないし,映画の舞台でもないし,主人公がバスオタクなわけでもありません。主人公がバスに乗るのは最初のシーンだけです。それでこのタイトルを付けちゃうのはさすがに無理矢理です。《博士の愛した数式》に《自転車》というタイトルを付けるくらい,不自然なタイトルです(自転車・・・の意味,わかりますよね)。
どういう映画かというと,不思議系というかキモイ系の高校生,ナポレオンのだらだらした日常をそのまんま描いた生ぬる映画です。ナポレオンの唯一の趣味は絵を描くことなんだけど,その絵も決してうまいというわけでなく,ライオンとトラが合体した想像上の動物とかを描いているだけ。もちろん,ガールフレンドなんていませんが,もうすぐ開かれるダンス・パーティーには誰かを誘ってかないと格好が付かないため,ナポレオン君,必死です。
ちょうどその頃,学校で唯一の友達のペドロ君が生徒会長に立候補します。その立候補演説の際に,何か余興をしなければいけないのです。そこでナポレオンは一人ステージに上がり,得意のダンスを披露する,という映画です。
と,ストーリーをまとめてもちっとも面白くないんですね。90分の映画で唯一の山場,見せ場といえば最後のダンスシーンだけ。これはなかなか格好良く決めています。これだけダンスができるんだったら,それだけで学園の人気者になれそうなもんなんだけど・・・。しかもダンスの練習はその直前にビデオを見てだけですから,その才能に早く気が付くべきでしたね。そうすればダンスパーティーに連れていく相手がいない,なんて心配することもなかったのに・・・。
こんなお間抜けナポレオン君,口はいつも半空き状態です。口を閉じるだけで少し利口そうに見えるって,誰かアドバイスしてやれよ。こんないつも開いている口,どこかで見たことがあるなと思ったら,10年以上前にモーニングで連載していた漫画『大阪豆ごはん』のショーリン君と同じだったよ。彼もお気楽ショーリン,アホのショーリンと姉たちに呼ばれていたっけ。
おまけに服装もよれよれで,いつもTシャツとジーンズ,そしてお洒落といえないハーフブーツを履いています。そして頭髪はモジャモジャで鳥の巣みたいです。体型はアンガールズ田中君みたいといえばおわかりでしょう。しかも,プライドだけは一人前以上に高く,すぐにばれる嘘なんかついちゃいます。要するに,そのままじゃ絶対にもてないよ,という要素を集めるとナポレオン君になりますね。
ナポレオン君の家族(?)もかなり異常です。やたらと元気な祖母と兄(?)の3人暮らしのようで,父も母も登場しません。祖母はまだ若くて,年下のボーイフレンドと遊ぶために家を空けたりしますが,バイク事故で入院。兄は30をはるかに超えるニートでネット中毒。会ったこともない女性とのチャットが生き甲斐です。そしておばあちゃんが入院したために,ここに「リコ叔父さん」が合流します。彼はフットボール選手としての過去の栄光が忘れられない中年オヤジで,しょうもない商品を詐欺同然に売りつける商売をしている模様です。
要するに,ナポレオンだけでも普通じゃないのに,それ以外の登場人物でまともなやつが一人もいないのです。これは見ている方としては感情移入ができず,ちょっと辛かったです。
高校でのナポレオンの唯一の友達が転校生のペドロですが,立派な口ひげを生やしていて,高校生には絶対に見えません。どう見ても中年オヤジです。
また,ナポレオンが惹かれる同級生の女の子の髪型も「左寄せポニーテール」で,思いっきり似合っていません。この髪型でなければちょっとは美人なんだろうけど・・・。
あとは,兄と共に怪しげな護身術の体験講座に出たり,胡散臭い商売を始めたり,インターネットでタイムマシンを買ったりと,ナポレオン君のしょうもない日常生活の出来事が淡々と順不同でまったりとダラダラと描かれるだけです。そういう雰囲気を楽しめる人には面白い映画なのかもしれませんが,私にとっては,「朝顔のツルが伸びる様子をそのまま撮影した映画です」というくらい,詰まらなかったです。
ちなみにこの映画,制作費400万円という超低予算マイナー映画ですが,当初6館で公開を開始したものの,次第に人気が出て最終的には全米で1000館を超える映画館で公開され,米国内のセルDVD売り上げトップ10に連続16週入りという快挙を成し遂げたらしいです。アメリカ人にはこういう映画,好きなんでしょうか。ハリウッドの馬鹿映画ばかり見ていると,こういう生ぬるい映画を見たくなるのかな?
でも,この映画,本当に面白かったの,話題だから我慢してみただけじゃないの,本当は詰まらなかったんじゃないの,と質問したくなります。
それと,日本語吹き替え版では見ない方がいいです。日本語吹き替えが悲惨なほど下手です。特にナポレオン役のやる気0%の弛緩しまくった日本語を聞くと,あまりの下手さに神経がささくれてきます。
というわけで,異様に下手な日本語吹き替えが好きで,まともでない人たちのまともでない日常をまったりと見るのが好きで,アメリカで評判のものなら何でも大好き,という人にはお勧め映画です。
(2006/09/22)