私にも苦手な分野の映画や小説があります。それが宗教べったりというか,教典べったりの世界を描いたものです。特に,旧約聖書(ユダヤ教典)あたりの記述を信じて疑わない登場人物を見ていると,こいつら,正真正銘のアホじゃないか,思考停止しているだけじゃないか,頭に詰まっているのはオガクズか,自分の脳味噌,少しは使えよ,と言いたくなります。
この映画はとても丁寧に作られているし,内容も深いし,一筋縄で理解できない面白さもあります。音楽も宗教音楽のような雰囲気で荘厳です。要するにホラー映画と言うよりは宗教映画と言った方がいいでしょう。
でも所詮は,聖書の決めごとから一歩も出ていない映画だし,神様にどっぷり浸かりきって,それを疑うことすらできないお馬鹿さんしか登場しない映画です。
おどろおどろしいタイトルが付いていますが,英語タイトルは "Second Name" だったかな? 「娘思いの優しい父親だったと思ったら,実はもう一つの隠された姿があって・・・」というタイトルのようです。そういうわけで,「ダークチャイルド」という邦題はちょっとひどすぎ。
で,どういう映画かというと,「最愛の父が突然自殺。おまけに埋葬したはずの墓が荒らされて死体が盗まれ,その死体は数日後,串刺しの無惨な姿で見つかる。父の真の姿を追う娘はやがて,父が謎の教団『アブラハム派』(だったかな?)の一員であり,その教えを裏切ったために追いつめられ,自殺したことを知る」という感じです。最初の串刺しされた死体の姿がもろにリアルで,こっちの方向の映画かなと思うと全く違っていて,実は残酷シーンはここだけです。
人物関係はかなり複雑というかいじり過ぎで,誰が誰と本当の親子なのか,なぜそんな行動に出たのかを理解しようとすると,かなり大変です,というか,かなりわかりにくいです。図解が必要と思われます。それと,名前のミドル・ネームが人間関係で重要になりますので,登場人物の名前はとりあえずメモしておいた方がいいかも・・・。
で,アブラハム派というのは何かというと,一番最初に産まれた子供を父親が殺して神に捧げなければいけない,という教えなんだそうな。
旧約聖書には,「アブラハムが唯一神エホバに長男を生贄にするように命ぜられ,自分の手で子供の首を絞めようとしたその時,神の使いの天使が現れて首を絞めないように言った。神の教えに背かないアブラハムを神はたたえ,その子孫の繁栄を約束した」とかいう有名な一節があるんですが(・・・うろ覚えだけど・・・),アブラハム派はこの逸話を,「天使はアブラハムをけしかけて子供を殺させ,生け贄にした」と信じる一派なんだそうな。その根拠について映画では,「神が最愛の息子(多分イエスのことでしょうね)を殺したから,子供を殺すのが正しい」と説明しております。
このあたりで私は,「聖書に書いてあれば何でも正しいんかい! 聖書に書いてあるとおりにすればいいと思っているんかい! お前ら,アホか?」とツッコミを入れたくなります。
旧約聖書,つまりユダヤ教の教典ですが,これは要するにユダヤ民族に言い伝えとかお伽噺であって,ローマ神話やギリシャ神話,日本の古事記,マサイ族の天地創造神話,イヌイットの神話と同じです。神話ってのは読んでみるとわかりますが,内容なんてどれも似たり寄ったりです。どれもこれも,荒唐無稽だったり,ちょっといい話が書いてあったりします。どれもこれも大同小異,五十歩百歩,目くそ鼻くそです。要するに,人間の想像力なんてその程度なんですよ。
そういう神話の中で旧約聖書は,かなりムチャクチャ度が高いです。大量虐殺の様子が随所にあり,しかも誇らしげに書いてあるし,裏切りとか誤魔化しのテクニックが満載だし,神様は訳の分からない命令をするし(上記のアブラハムの逸話はそれです),登場人物の行動は不合理だし・・・という具合です。その意味では,世界中の神話の中でも旧約聖書はトンデモ度の高いものです。
そういう旧約聖書なんだから,まともに信じる方がおかしいのであって,いくら何でも自分の子供を神に捧げなければいけないという馬鹿な教えなんか,さっさと捨てればいいのです。ところがこの映画では,このアブラハム派の信者は結構多いらしく,映画を見ていて「あっ,もしかしたらこいつも信者かな?」と思った登場人物は全てそうです。君たちの首の上についているのはカボチャか? 脳味噌入ってないんじゃないか?
それにしても,このアブラハム派の信者さんたち,子供を殺して神に捧げて,何を神様から与えてもらったんでしょうね。それについてはこの映画では全く答えていません。多分,「神の正しい教えに生きられるという幸せが得られる」程度の見返りでしょう? じゃあ,プラスとマイナスじゃ全然釣り合いがとれてないじゃん。だから君たちを馬鹿だというのですよ,私は。
その宗教を信じるのはいいとしても,他にもいろんな宗教があることを知り,自分が信じているものを相対化し,批判的に見る眼と脳味噌を持たなければ,単なる思考停止ですし,その姿は第三者から見れば,哀れなお馬鹿さんにしか見えません。宗教紛争とはつまり,自分たちを相対化できない連中同士の戦いなんでしょうね。
というわけで,聖書には真実が書いてあると信じている人にはお勧めの映画です。
(2006/05/10)