《ミジンコ 静かなる宇宙》(2005年,日本)


 これは多くの人に見て欲しい素晴らしいDVDだ。まさに心が洗われる作品であり,感動的だ。

 ジャズ・サックス奏者として有名な坂田明さんは,ミジンコ愛好家,ミジンコ研究家としても名高い。それは専門家からも一目置かれているらしく,昨年だったか,学会からも特別表彰されたと記憶している。自分自身でもミジンコの生態のビデオ撮影をしたり,その中には,世界初の映像もあるらしい。そんな坂田さんがミジンコの世界をわかりやすく説明たのがこのDVDである。坂田さん自身が撮影した顕微鏡写真をもとに坂田さん自身が説明し,バックで流れる素敵な音楽ももちろん彼のトリオの演奏だ。


 ミジンコとは甲殻類に分類される小さな生物で,サイズは0.5〜2mmくらい。最大のものでも体長は5mmほどである。その1mmほどの体がいかに精妙に複雑にできているかにまず驚かされる。

 私が一番感動したのは,その眼の動きだ。恐らく,人間で言うところの外眼筋と思われる筋肉が眼球に2個ついていて,それが眼球を活発に動かしている様子が映し出されている。「目がついているんだから筋肉が付いているのは当たり前でしょ?」と考えてはいけない。何しろ,体長1mmに満たない小さな体の目玉である。そんな小さな目玉についている複数の筋肉が協同的に働き,目をクリクリ動かしているのである。多分,光刺激を目が感知して,それが筋肉の動きに連動しているんだろうが,「こいつら,生きていくのに必死なんだなぁ,健気だなぁ」と思ってしまった。
 とにかく,医療関係者だったらこの眼を動かす筋肉の様子に驚くと思う。是非見て欲しい。

 あるいは,消化管(腸)の蠕動運動の様子も感動的だった。恐らく直径はミクロン単位の腸管だろう。そんな小さな腸管が,うねうねと動いて食物を正確に後方に押し出しているのだ。

 そして,一分間に270回あまり拍動する心臓の動き。まさにこれは生命そのものの鼓動である。健気ささえ感じる。


 あるいは,ミジンコの出産シーン。母親の胎内で親と同じ形にまで育ったミニ・ミジンコたちが外の世界に出る様子も感動的だが,親の体のどこかに引っかかって出られなくなった子供の様子まで克明に撮影されている。生まれるというのは戦いなんだということを,改めて教えられる。

 そして,ミジンコの生殖活動。通常ミジンコは雌が雌を生む単性生殖で増えている。しかし,水質が悪化したり条件が悪くなると,雄と雌を生み,両性生殖をするようになる。そこで生まれた卵は長い休眠状態に入り,また環境がよくなったときに孵化するのだという。過酷な世界で生きていくための知恵といえばそれまでだが,なんと絶妙なシステムだろうか。


 こういうさまざまなミジンコの生きる様子を,坂田さんは木訥な口調で説明する。最後の方で,ミジンコの世界の魅力とは「命がそのまま見えることだ」と説明している。心臓が動く様子,卵が体内で羽化する様子がそのまま見える。命とはこのようなものだと教えてくれる。それがミジンコの魅力なのだと坂田さんは言う。

 ミジンコは多くの生物の食料になっている。それを教科書では「食物連鎖」という言葉で説明するが,坂田さんはそうではないという。彼はアイヌの言葉を引用し,「互いに育て合っている世界だ」と説明する。魚はミジンコに育ててもらい,その魚に育ててもらって大きな魚が生き延び,その魚を食べることで人間が育ててもらっている。多様な生物が同じ環境で暮らし,お互いを育て合うことで生物界全体が維持されている。それが地球の姿なのだろう。

 最後に坂田さんが言う言葉がいい。「ミジンコに愛は通じない」。私(坂田さん)はミジンコを愛しているが,その愛を伝える手段がない。だから愛は通じない。だからいいんだ,と坂田さんは話す。

 ミジンコはミジンコの都合で生きているのであって,魚のことも人間のことも知ったことじゃない。だから,愛は通じない。しかし,自分の都合で生きているさまざまな生物がいて,それが精妙で絶妙なバランスをとっているからこそ,この世界は生命で満ちているのだと説明している。


 なお特典映像として,坂田さんのトリオの15分ほどの演奏が収録されている。この演奏もとてもいい。

(2006/04/10)

 

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