《スネークヘッドテラー Snakehead Terror(2004年,カナダ)


 巨大魚が登場するパニック映画といえば『ジョーズ』などいろいろあるが,基本的に魚は魚なんで,水中では化け物でも水の外には出ては来れない。水から上がってしまえばジョーズだろうとなんだろうと怖くないのである。

 ところが,そういう「常識」を覆しちゃうのがこの映画である。Snakehead,つまりライギョのことだが,なんとこいつは陸の上に上がってきて動き回り,人間をエサにしちゃうのだ。


 本当にライギョは陸を移動できるかどうかだが,ちょっと調べてみた。

 ライギョは頭がヘビの頭に似ているため,英語ではSnakeheadと呼ばれる,非常に獰猛な魚食性の魚。
 鰓のそばに上鰓器官という血管に富んだ粘膜のひだがあり,ここで空気呼吸できるため,空気から直接酸素を取り入れることが可能。とは言っても,上鰓器官は完全な呼吸器ではないため,陸地で生存に必要な呼吸ができるわけではない。また,鰓単独で十分な量の酸素を取り入れないため,泳げない状態に置かれると溺れ死んでしまう(このあたりはサメなどと同じだな)

 というわけで,長い時間でなければライギョが陸で活動するのは可能と言うことになり,この映画の設定にはそれなりに裏付けはありそうだ。


 さて,映画の舞台となるのは北米と思われるカルタス湖。ここでは2年前,外来魚であるライギョが大量発生して他の魚を食い尽くしたため,湖に毒を流してライギョを全滅させたという過去がある。もちろんその結果,ライギョもいなくなったが,他の魚もいなくなってしまった。そこで,手っ取り早く漁業を復活させようとして,湖に成長ホルモンを撒いて魚を早く成長させようと目論んだ奴がいた。ところが湖にはライギョの生き残りがいて,こいつが増えてでかくなっちゃった(最後の方でクジラ大のライギョまで登場する)。当然,湖の中に食い物がなくなるわけで,餌を求めて陸に上がって人間を襲い始めた,というのがこの映画のストーリー。

 何しろこの連中,道路を埋め尽くして走行中の車をスリップさせて事故を起こさせてて車を止め,中に乗っている人間を喰う,という離れ業まで披露する。成長ホルモンが鰭の筋肉に対して筋肉増強剤として作用したらしく,地上でもウネウネと動き回っては餌を探しちゃう。本来,陸にいるはずのない連中がウジャウジャいて,人を食おうとして飛びついてくるのだから,やはり気色悪い。


 こういう基本路線が決まってしまえば,あとは巨大生物パニックものの定石通りにストーリーは進む。

 事態が深刻であることを最初から見抜いていた保安官(こいつが主人公)と,事態を楽観視して湖閉鎖を拒む市長の対立。ボーイフレンドとの旅行のことを保安官をしている父親に言い出せない娘。そして,湖を泳いでいて犠牲になる彼女のボーイフレンド(主要登場人物の恋人が最初に死んじゃう,というのはかなり稀な設定じゃないだろうか)。彼女の友達が,彼女のボーイフレンドの敵(かたき)を討とうとして湖に乗り出したはいいが,準備不足のために窮地にたっちゃう,というのもいわばお約束。怪死事件の調査のために訪れる淡水資源局の美人捜査官(通常の映画では,妻を亡くした主人公の保安官と一緒に怪物退治をするうちに恋仲になるのが定石なんだけど,この映画ではそういう色恋模様は皆無)。そして,怪物ライギョに食いちぎられたグロい死体の画像のアップ。

 こんなわけで,巨大動物パニック映画としてはそこそこ楽しめる。「馬鹿な映画だったな」とは思っても,腹がたつほどではないと思う。


 その上で,幾つかツッコミを入れる。

 まず,陸地で蠢くライギョに人間が追いつめられていくシーンだ。いくら成長ホルモンが筋肉増強に働いたとしても,鰭を動かす筋肉で陸上で体重を支えて,なおかつ素早く移動するというのは,どう考えても無理だ。だから,いくら巨大なライギョがウヨウヨしていても,人間が本気になって走ったら逃げられないわけがないと思う。
 また一般に,体重は身長の3乗(=体積)に比例し,筋肉の力(=太さ)は2乗(=面積)に比例するはずだから(・・・確か),ある体重以上になると筋肉で体重を支えきれなくなり,動けなくなってしまう(だから,陸上最大の生物は海中最大の生物より小さい。水中では浮力があるから・・・)。となると,画面に登場したサイズのライギョが陸上で人に飛びかかるのは,さらに無理だろう。

 それと,最後にライギョを殺すシーン。ネタばらしになるけど,高圧電線を湖に入れて感電死させるんだけど,この時点で全てのライギョが湖にいればいいけど,何しろこのライギョたちは陸上に上がるのが得意なんだ。だから,あの時点で陸地に上がって餌(=ヒト)を探しているライギョがいたら,こいつらは生き残っているはずである。この点は最後まで気になった。


 そして,この映画の生物学的最大の弱点は,「陸上のライギョたちはどうやって獲物(=ヒト)を見つけ,追いかけてくるのか」という点にある。映画を見る限り,ライギョたちはヒトがいる方向に向かって移動している。しかし,彼らは何を感知して動いているのだろうか。

 魚は水中の生物であり,あらゆる感覚器官はその生活のために最高度に発達している。だから,ちょっとした水の動きを側線で感知し,水中の化学物質の変化を敏感に感知できる。匂いにしても水の中の匂い分子なら,ごくわずかでも感知することができる。水中でこその視力であり嗅覚である。もちろん,空中でもものが見える魚はいるが,それはテッポウウオなどの「デュアルタイプの目」を備えたものだけであって,普通の魚は空中では視覚はほとんど効いていないはずだ。仮に光として感知できたとしても焦点を結ばないはずである(水中と空中では屈折率が全く違うから)
 これは視覚に限ったことではなく,嗅覚でも振動覚でも同じだ。

 であれば,陸上に上がったライギョたちはどうやって獲物がいるという情報を感知したのだろうか。目もよく見えないし,匂いも判らないし,振動も感知できない。これではライギョがいくら巨大になり,陸上を移動できたとしても,陸上で獲物を探し捕獲するのは理論的に不可能である。


 ま,こういう映画に生物学的なツッコミを入れる方が野暮ってものかもしれませんが,このあたりは私の性分なんで,ご容赦のほどを・・・。

(2006/02/08)

 

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