私の唯一の趣味と言えばピアノ演奏とピアノ楽譜収集だった(一応,過去完了形です)。楽譜収集についてはご存じの方もいらっしゃると思うが,世界中の希少楽譜,絶版楽譜,挙げ句の果ては出版されていない楽譜の収集にまで手を広げていた。世界中のコレクターたちと連絡を取り合って,ホロヴィッツの全編曲の楽譜の収集・編纂に協力していた時期もあった。この数年間,ホロヴィッツの編曲を演奏会で取り上げたり,録音したりするピアニストが増えてきたが,彼らが使っている楽譜の出所の半分は,多分私だと思う。
当然,ピアノに関する知識もちょっとあり,CDのライナーノートを執筆したり,演奏会の曲目解説を書いたりしたこともある。まぁ,ここらは年寄りの自慢話なんで,「おじいちゃんの話はいつも大げさなんだよね」程度に苦笑しながら読み飛ばして欲しい。
こうなると,音楽の歴史についての本も読む機会が増える。いろいろな音楽史の本を読んだが,その書き方は大ざっぱに言うと「大作曲家の歴史」である。大作曲家たちがどのような人生を歩み,どのような作品を書いたかを解説する本がほとんどであり,大体次のような書き方になる。
音楽の父バッハ,音楽の母ヘンデルに始まり,ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェンと続き,ウェーバーでロマン派の幕が開き,シューベルトが受け継ぎ,ショパン・シューマン・リストのピアノ御三家,そしてブラームスとワグナー。民族主義の高まりとともにスメタナとかドボルザークが登場し,ロシアにチャイコフスキー。やがて20世紀になってストラヴィンスキーとシェーンベルクが登場して現代音楽が始まり・・・という具合である(かなり大雑把に書いているので,正確な記述でないとツッコミを入れないように)。要するに,天才と英雄による歴史であり,「個人という点の集合」で描こうという史観である。
だが,こういう英雄史観には欠点がある。全体の流れが見えないことである。例えばバッハとそれ以降の作曲家の関係である。バッハは今でも一番好きな作曲家だし,彼の作品は人類の至宝だと思っている。『マタイ受難曲』こそは究極にして至高の音楽である。
だが,そのバッハがその後の古典派音楽にどのようにつながるのか,逆の言い方をすれば,ハイドンはバッハから何を受け継いだのかがわからないのだ。
例えば,音楽の父と母と並び称されるバッハとヘンデルだが,両者の音楽は全く異なっている。というか,共通点が全くない。同時代の作曲家かどうかも疑わしい感じである。バッハは厳密な対位法音楽だが,ヘンデルは極論すると,和音伴奏とメロディーであり,対位法はほとんど見られない(少なくとも鍵盤音楽では)。
バッハと同時代,あるいはそれ以前の鍵盤音楽も弾くようになると,さらに困惑が増す。例えば,ドメニコ・スカルラッティもクープランもバッハと同時代なのに,対位法による作品はほとんどないのである。さらに,ギボンズやバード,スヴェーリンクやフレスコバルディなども弾くようになると,古い時代の曲は対位法が中心だが,それ以降の時代では対位法的作品は姿を消しているのである。どうも,バッハの時代にあって,バッハの書法は一般的でなく,かなり特殊な感じなのである。少なくとも,楽譜という資料を分析すればそうなってしまう。
しかし,音楽の常識で言えばバッハはバロック時代を代表する最大の作曲家である。であれば,バロック期の次は古典派音楽の時代であるが,その出発点はバッハでなければいけないはずだ。
ところがそうすると,バッハ,ヘンデルからハイドンまでの繋がりが判らなくなるのである。ヘンデル→ハイドンへの流れは自然に思えるのだが,バッハ→ハイドンという流れは絶対に不自然なのである。要するに,この3人の曲を弾いていると,ハイドンはバッハでなくヘンデルから音楽的精神を受け継いでいるようにしか思えないのである。
そうなると,「バロック最大の音楽家」バッハが居場所を失ってしまう。私は長いこと,これで悩んでいた。
そこで本書の出番である。本書は音楽史を時代の流れとして説明する。ほとんど知られていない作曲家も含め,その時代の流行や好みを明らかにし,それが次の世代にどのように引き継がれていったのか,どのように変容していったのかを明らかにする。個々の作曲家でなく,総体としての「作曲家群」の変化を分析するのである。
例えばバッハだが,彼は当時,時代の流れから取り残された作曲家であり,当時から既に「古くさい作曲法に固執する偏屈な作曲家」とされていた。そして何より,バロック音楽の中心はドイツでなく,イタリアとフランスだったのである。当時のドイツは文化的にも音楽的にも辺境中の辺境,田舎の中の田舎だったのだ。
さらにこれにはカトリックとプロテスタントの文化対立も絡んでいたらしい。陽性で華やかなカトリック文化(ヴェルサイユ宮殿がその代表だ)に対し,ルター派プロテスタント文化はよく言えば質実剛健,その実態は遊びのない糞真面目な文化だったのだ。その糞真面目宗教の熱烈な信者だったのがバッハである。これがクープランとバッハの音楽の性格の違いなのだというと,非常にわかりやすい。
その後,モーツァルトやベートーヴェンが登場して,音楽の中心は徐々にドイツ・オーストリアに移るわけだが,華やかなイタリアやフランス文化に対するコンプレックスがある。田舎者が都会に対して感じるコンプレックスってやつだ。
コンプレックスを感じた相手にはどうするか。「実は,自分たちのご先祖様には偉大な人物がいたんだぞ。本当は俺たち,すごいんだぞ」と威張るのが常道である。世界に冠たるドイツ文化と言い張るためには偉大な先達にいてもらわなければ困るのだ。そこでバッハが「発見」された。発見したのはメンデルスゾーン(これは有名な話)だが,発見と同時に,バッハを音楽の父として神格化する作業も始まったらしい。こうなると,時代遅れの古くさい作曲法に固執していたことも「チャラチャラした流行に背を向けた偉大な魂だ。これぞゲルマン魂!」とかえって好都合である。このようにして,ドイツ音楽はことあるごとにバッハ(そしてベートーヴェン)を神様として祭り上げたらしい。
そして,作曲と演奏の関係。ベートーヴェンまでは〔自分の曲を自分で演奏する〕時代だった。その後,〔過去の偉大な作品と自作を並べて演奏する〕時代がくる。そして作曲家と演奏家が分離し,〔過去の偉大な作品を演奏する〕時代になり,クラシック音楽界ではこれが今日まで続いている。そしてレコードの時代になり,〔どの曲を演奏するか〕から〔誰がどのように演奏するか〕という演奏家の時代になった。それはそのまま,今日のクラシック音楽の状況そのものである。
今日のコンサートホールで演奏されるのは,200年ほど前の過去の名曲が中心だ。これは,書店の店頭で江戸時代の本だけが並んでいるようなものである。ベートーヴェンとモーツァルトを並べた演奏会は,近松門左衛門と井原西鶴の本しか売っていない書店みたいなものかもしれない。
もちろん今日でも新しい曲は作曲され続けているが,それらは普通の音楽ファンとは無縁の曲であり,芸術祭や作曲コンクール向けのものとなっている。何しろ,100年前に書かれたシェーンベルクの曲でさえも,通常の演奏会では滅多に取り上げられないのだ。第二次大戦以降に作曲された曲で,演奏曲目として定着している曲はどれほどあるだろうか。演奏されている曲にしても,その頻度は350年前の曲よりはるかに少ないはずだ。
このような現状を考えれば,演奏会で取り上げられ録音される曲数は有限ということになる。今後増える「新曲」は,新たに作曲されたものではなく,「新たに発見された古い曲」だけだろうと思う。しかしそれも続かないはずだ。私は以前,忘れられたピアノ曲楽譜の復活活動をしていたが,忘れ去られた曲は結局,忘れ去られる運命の曲だったことがわかった。ある時代の有名曲は,時代が変われば次の時代の好みに合わなくなり,捨てられる運命にあるからだ。だから「新たに発見された古い曲」はほとんど増えないはずだ。
結局,人間の感覚が快適と感じる音の組み合わせ(和音)は有限で,快適に感じる響きはもう既に描き尽くされたのかもしれない。過去にない響きを追求しようとしても,それは本質的に不快な響きなのかもしれない。
もちろん,いかに珍奇な響きであっても,何度も繰り返して聞けばそれに慣れてくることは事実である。しかし,慣れることと心地よく感じることは全く違っているはずだ。
神を讃えるお祈りを僧侶たちが節をつけて読み,それがグレゴリオ聖歌になった。それをベースにして中世のミサ曲が生まれ,やがて音楽は神から離れ,王侯貴族を賛美するものとなった。その後,絶対王政が崩れて市民革命の時代になると,その革命精神が音楽に込められ,新興ブルジョアの時代では音楽は市民万人のための楽しみとなった。19世紀中頃から,フランス音楽は「楽しみのための音楽」の方向に進み,それに対抗するようにドイツ音楽はドイツ哲学を後ろ盾に「身を正して拝聴し,感動するもの」となり,明治維新以降の極東の島国に伝えられたのもこの「拝聴する音楽」だった。一方,ドイツ音楽との覇権争い(?)に破れたフランス流「楽しみのための音楽」は新天地を求めて新大陸に渡り,そこで黒人音楽と合体することになる。この二つの流れのうち,隆盛を極めているのが新大陸に活路を求めた音楽であり,ドイツの流れを汲む音楽はその後,袋小路に入り込み,以後,長期低落にある。
文明は,過去を踏襲することが目的になった時を頂点として衰退を始める。過去の栄光という遺産を食いつぶすことが「文明の目的」になるからだ。例えば,イスラム文明はマホメットを神格化し,マホメットの時代を理想とした時点から衰退が始まり,新たなものを生み出すエネルギーを失った。同様に,四書五経を絶対視する試験体制(科挙)で官僚を選んだ中国も李氏朝鮮も,長期低落の道を歩んだ。過去を模倣することを賛美する体制はいずれ衰退する運命しか待っていないのである。
本書で解き明かされる滔々たる大河のような芸術音楽の歴史は,そのまま人類の文明の歴史であろう。音楽がどこからきてどこに行こうとしているのか,という本書の問いかけはそのまま,人類文明への問いかけでもある。クラシック音楽に興味をお持ちの方は,是非手にとって欲しい本である。
(2006/01/03)