『遥かなるセントラルパーク 上・下』(トム・マクナブ,文春文庫)★★★


 マラソンを主題にした小説である。マラソンと言ってもただのマラソンじゃない。サンフランシスコからニューヨークまで,つまり,北米大陸を二本の足で走破しようという,前代未聞,空前絶後のマラソンレースを題材にした小説なのである。いわば,もっとも気宇壮大にして破天荒な物語であり,同時に,もっとも感動的な冒険小説である。


 このウルトラ・マラソンは,週に6日,1日80キロ(!)を走り,3ヶ月かけて,アメリカを横断しようという史上最大のレースなのだ。しかも,時代は大恐慌のさなかであり,優勝者は巨額な賞金を手にすることができる。当然,世界中から一角千金を夢見る老若男女が集まってくる。

 50台半ばの盛りを過ぎたプロ・ランナー,元オリンピック選手のイギリスの貴族,失業中のスコットランドの工員,賭けボクシングのリングで相手を殺してしまった失業者,貧困に喘ぐ村の期待を一身に背負っているメキシコの少年,バラエティ・ショーの踊り子,ナチス・ドイツの国家威信を賭けて送り込まれたドイツチーム,地下足袋を履いた日本人,ターバンを巻いたインド人・・・。皆が夢と希望を叶えようとして,サンフランシスコに集うのだ。

 しかし行く手に広がるのは,余りに広く,余りに厳しい北米の自然。モハーベ砂漠では炎天と土砂降り,ロッキー山脈は極寒というように,ランナー達にとって自然そのものが行く手を阻む。

 そして,ゲームの主催者にも,アメリカ・オリンピック委員会を中心とした妨害工作が繰り返される。ある町では労働争議に巻き込まれ選手達が暴力に見舞われ,契約金を払わない市が出現し,ついにはランナー達に食事を提供する業者にも圧力がかかる。

しかし,この集団は,妨害をものともせず,ひたすら東へ,東へと進んでいく。そして,レースの主催者はもてる限りの才覚を駆使して,一つ一つ,その障害を乗り越え,その彼らの姿に,次第に賛同者が増えてくる。

 賞金目当てに集まったはずの雑多な集団が,なぜ自分は走り続けるのか,なぜ,走るのを止めないのかを,日々,自ら問いかけることで,いつしか,共通意識を持った集団へと変貌を遂げる。そしていつしか,アメリカ全土,そして全世界を熱狂の渦に引き込んで行く。

 主人公は,五十代半ばの,禿げ上がったオヤジ(かつての名プロ・ランナー)を中心とする数人である。この中年オヤジ(ドク・コール)を除けば,他はほとんど素人同然。しかし,彼らはこのレースを通じて,ドクからランニングを学び,自分の身体をコントロールし,精神の緊張を保つ術を学んでゆく。そして彼らはやがて,真のランナーに成長してゆく。この過程は,感動的である。

 だが,ニューヨークを目前にして,レースのスポンサーが破産! 賞金はおろか,運営資金も風前の灯火。そこで窮余の策とばかりに,ランナー達はそれまでに得た賞金を拠出し合い,ギャンブルの元手にして,それに全てを賭けることにする。もちろん,勝てば一発逆転,しかし負ければ,皆が路頭に迷うことになる。

ゲームはスタッド・ポーカー。こちらはもうフルハウスができている。相手は,ストレート・フラッシュ狙い。そして,相手が最後の一枚を・・・・!!!


 さあ,ここまで読んでしまったあなた,この先が読みたくないかい? すげえ,逆転劇があるんだぜ。

 そして,この小説には,いろいろな,目頭を熱くさせるような名文句が溢れている。そう,あらゆる素晴らしい小説がそうであるように・・・。

  • 「私の体をレントゲンで撮ったら,がらくた置き場同然に見えるだろう。しかし,一つだけ,私の中で壊れなかった物がある。それは集中力だ。」
  • 「地獄とは何かご存知でしょうか。地獄とは夢のない人生であります。そしてランナーの一人一人は苦しみの一歩一歩を踏みしめながら,夢を生きているのです。」
 

 そして,最終章,ページをめくるのももどかしい。一刻も早く,レースの結果を知りたい。しかし同時に,この感動の世界に少しでも長く浸っていたい,もっと長く読んでいたい。恐らく,この本を手にする人は,この相反する感情にさいなまれるはずだ。 そして,感動のニューヨークへのゴール!! このシーンに涙しない人,それは感動を知らない人である。


 おまけに嬉しいことに,この小説にはエピローグがあり,登場人物達のその後が描かれている。あたかも聴衆のカーテンコールに答えるかのように,名残を惜しむのかのように,彼らのその後の人生が語られる。

 やはりここでも主役は,ランナーたちの精神的支柱になってきたドク・コール! 何と彼は,1961年,84歳でフルマラソンに出場し,完走するのだ。何と天晴れな,ランニングじじい!

 信ずるに足る世界がある事,信じ続けることが大事な事,夢あっての人生である事,人間が互いに信じあえる事,そして何より,人生は素晴らしいものだと,この小説は教えてくれる。


 なお,手元にある本を解体してPDFファイルを作成しています。お読みになりたい方は,メールでご連絡下さい

(1998/12/19)

Top Page