前腕遠位部の全層皮膚欠損
−植皮術は最悪の治療ではないか?−


 症例は30代女性。仕事中に機械に左前腕を巻き込まれ,直ちに当科を受診した。

8月31日:初診時 直ちにアルギン酸塩被覆材貼付

 左前腕遠位尺側に長さ9センチ,幅6センチの全層皮膚欠損を認める。創洗浄などは行わず,カルトスタット(アルギン酸塩被覆材)を貼付して,フィルム材で密封した。抗生剤の投与は行っていない。


翌日からプラスモイストに変更 9月6日(6日後)

 翌日,フィルム材,カルトスタットを除去して洗滌し,プラスモイストを貼付した。洗っても痛みはあまりないとのことだった。
 6日後,創面はきれいな肉芽で覆われているが,創の大きさに変化はない。この間の経過にも特記すべきことはなかった。運動時の痛みもなく,普通に日常の家事をこなしていた。


9月21日(21日後) 10月19日(49日後)

 49日経っても,創遠位部背側の部分がやや小さくなった程度で,創の大きさはそれほど小さくなっていない。しかし,運動時の痛みもなく,日常の仕事は普通にしている。


11月15日(76日後) 11月22日(83日後)

 2ヶ月を経過するあたりから,創の長さはあまり変化がないのに,創の横幅が急速に収縮するようになった。83日後には創の幅は1センチ強になった。


12月6日(97日後) 12月13日(104日後) 1月17日(139日後)

 97日後には中心部に浅い潰瘍を残すのみとなり,104日後には全て上皮化した。139日後まで経過観察したが,軽度の瘢痕を残すのみで,瘢痕拘縮は認められず,前腕,手関節の動きに左右差はなく,突っ張り感もない。


 さて,この症例に対してはさまざまな考えがあると思う。大体次のようなものだろう。

 この問題を考える上で絶対に排除しなければいけないものは,医者の都合,医者の善意の押し付けだと思っている。医者はどうしても「速く治す事が善,速く傷を治すことが善」と考えるが,これは患者にとっての「善」とは必ずしも結びつかないからだ。
 例えば,速く傷をふさいだとしても,その結果として動きの制限や醜形を残したら,それは患者にとっては最善の結果ではないはずだ。医者にとっては,その患者はわずか数ヶ月付き合えばいいだけだが,その患者さんはその体を一生使わなければいけないからだ。つまり,医者と患者では,治療法の結果判定までのタイムスパンが全く異なっているのだ。
 速く治すために手術が必要だが,機能障害(・・・例え軽度のものであっても)が一生残る・・・では,治療としては失敗なのである。この点,移植皮膚は必ず瘢痕拘縮を起こすし,それが避けられない以上,植皮術は患者にとって最悪な治療なのだ。

 要するに,治療効果を医者の論理で判定するのはおかしいのだ。料理人がいかに華麗なテクニックで調理したとしても,味が悪ければ料理としては失敗作だ。つまり,作った人間と判定する人間は別でなければ意味がない。
 ところが医学においては,治療効果の判定も医者がしてしまうのだ。医者が自分の治療や手術の評価を下すのだ。この異常さを誰も問題にしていないこと自体が問題だと思う。


 まず,この症例でわかったことを列記する。

  1. 前腕遠位尺側というよく動く部位であり,しかも日常生活で頻繁にぶつかったり圧迫が加わる部位にもかかわらず,受傷してから数日してから後は,痛みはなく普通に生活をしていた。
  2. 「肉芽は筋線維芽細胞の作用で収縮する」というのは従来から指摘されている事実だが,この症例では肉芽収縮は長軸方向(=運動の方向)には起こらず,動きのない横軸方向でのみ進んでいる。
  3. 前項の結果(と思われるが),瘢痕拘縮は全くない。運動障害も起きていない。
  4. 瘢痕を残して治癒したが,最初の傷のサイズ(長径9センチ)に比べるとはるかに小さく,目立たない。また,瘢痕による後遺症も症状もない。つまり,従来の治療で残った瘢痕とは質も量も異なっている。

 要するに,最終的な上皮化完了までは数ヶ月を要したが,瘢痕は目立たず,運動障害は皆無,治療期間に普通に日常生活や仕事ができている。むしろ,運動障害を起こすような創収縮が起きないように,体が上皮化の時期を調節しているかのような印象すらある。
 これは,以前報告した,前額部の広範囲3度熱傷の症例も完全上皮化までには数ヶ月を要したが,その結果,眼瞼の運動に制限はなく後遺症もなかったが,これと同じ現象ではないだろうか。

 これらの症例を見ていると,創面が肉芽で覆われてから創収縮が起こるまでのタイムラグは,その部位に要求される可動性を肉芽が獲得するまでに必要な期間ではないかと思われるし,上皮化までに時間がかかるのも,その部位に要求される可動性を実現するために最適なタイミングを待っているだけ,という気がしてくる。

 つまり,上皮化が遅いのではなく,運動量に応じた肉芽と皮膚を再生させるために必要最低限の時間があり,それを待っていただけとしか思えないのだ。


 このように考えると,植皮術をするとなぜ拘縮が起こるのかが説明できる。早期に植皮すると,移植床である肉芽は未成熟な状態であってその部位の運動に必要な量に達しておらず,そういう状態の肉芽を全て移植皮膚で覆ってしまうために運動障害が起こるのではないか・・・と。
 つまり,運動障害を残さずに創を上皮化させるためには,運動障害を起こさないという要求に耐える肉芽組織(=再生上皮の土台)をまず作る必要があり,その土台の上に柔軟性のある皮膚を再生させなければいけないのではないだろうか。そして,それを実現するためには,時間が必要なのではないだろうか。植皮術は,その「必要な時間」を奪ってしまうのだ。

 なぜ,植皮術が最悪なのか。それは,このような「運動要求に耐える組織(=肉芽)の再生」を待たずに皮膚だけ移植してとりあえず傷を塞ぐ点にある。このため,移植された皮膚は拘縮して縮み,瘢痕拘縮という運動障害を残すのだ。植皮をすると「傷は早く治るが,そのあとで拘縮が起きる」が,これは当然の現象なのである。


 そして,植皮をするためには,正常な部分の皮膚を採取して移植することが必要だ。植皮をするためには,どうしても健常部の皮膚を剥いで,それを移植しなければいけない。
 現時点では,大多数の形成外科医は「見えない部分から皮膚を採取するのだから,問題ない」と考えているが,これは医者の都合しか考えていないタワゴトだ。怪我をしていない部分にも傷跡が残る患者の苦しみを全く考慮していないからだ。

 患者にはやけどをしない場所にも傷が残るが,医者には傷は残らない。だから医者は患者に「新たな傷をつける」痛みを感じない。だから,「見えない場所だから皮膚を取っても大丈夫」と患者を説得する。患者の痛みがわかっていないから,植皮という残酷な手術ができるのだろう。


 早期に傷を治すこと,早期に退院させることは,患者にとっては必ずしも「善」ではない。少なくとも植皮術に関しては,植皮をして早期に傷を治すことは最悪の結果をもたらすと確信している。

 植皮大好き形成外科医・皮膚科医の皆様からの異論・反論,待ってるぞ

(2008/04/10)

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