症例は40代後半の男性。8月20日,作業中に熱く加熱した鉄材が倒れて両下肢を直撃,直ちに当院を受診した。両側下腿骨の骨折,左大腿内側と左下腹部に熱傷があり,熱傷は当科で治療することとなり,入院となった。
8月20日 | 8月24日(5日目) |
8月20日の初診時の状態。患者さんは非常に体格がよく,ラグビーをしていたとのことで太ももが太く,その大きな太もも内側のほとんどが熱傷の状態であり,大腿部の熱傷面積は20×25センチほどであった。初診時は白色ワセリンを塗布した食品包装用ラップで創面を被覆した。
以後,患部のシャワー浴とラップでの被覆を行ったがし,患部の皮膚の壊死が進み,5日目には厚い壊死組織となった。なお,発熱などの症状はなかったため,抗生剤は使用していない。
8月27日(8日目) | 8月29日(10日目) |
8日目頃から厚い壊死組織が自己融解により浮いてくるようになったため,浮いている部分の切開・切除を始め,患部は「穴あきポリ袋+紙オムツ」で被覆した。10日目には壊死組織の半分が除去できた。
この間,臭気は強かったが,発熱はなく,抗生剤投与はしていない。
9月3日(15日目) | 9月14日(26日目) |
15日目には壊死組織は全てなくなり,きれいな肉芽が創面を覆っていた。この頃から,リハビリテーションも始まったため,リハビリを優先させるために創部に対しては積極的な治療は行わず,シャワー浴での洗浄と「穴あきポリ袋+紙オムツ」での被覆だけで様子を見ていた。
リハビリが軌道に乗り,体もある程度動かせ,身の回りのことができるようになったため,ベッドサイドでの局所麻酔での植皮を計画し,26日目に第1回目の植皮を行った。5×10センチの範囲を0.5%キシロカインEで麻酔し,採皮用カミソリでごく薄い皮膚を採取し,3つに分けて植皮した。採皮部はアルギン酸塩被覆材で被覆。なお,皮膚移植の方法とコツについては,項を改めて説明する予定。
植皮翌日からシャワー浴を再開して植皮部も洗い,リハビリも翌日から普通どおりに行った(つまり,リハビリは1日も休まなかった)。
9月20日(32日目) | 9月27日(39日目) |
同様の植皮術を32日目,39日目に行った。この頃から創部の被覆はプラスモイストに変更したが,移植皮膚はいずれもきれいに生着している。移植術翌日からのシャワー浴とリハビリ,という方針はそのまま続けた。
45日目頃,退院となり,以後,週2回の通院をしてもらい,自宅でもプラスモイストの交換をしたもらった。
10月9日(51日目) | 10月16日(58日目) |
この間,軟膏もフィブラストも使っていないが,移植皮膚から周囲の肉芽への皮膚の拡大,周囲の皮膚からの上皮化が進み,1週間でかなり変化していることがわかる。
10月23日(65日目) | 10月30日(72日目) |
2ヵ月半経過。熱傷潰瘍の面積はかなり小さくなっている。海原の小島のようだった移植皮膚が,創周囲の皮膚と地続きになり,あるいは島同士がつながるようになると,急速に創が小さくなることがわかると思う。
11月6日(79日目) | 11月20日(93日目) |
3ヶ月目に入ることになると,直径数センチの潰瘍が数箇所散在する程度になった。また,大腿部につっぱり感は全くなく,日常生活では違和感も感じず,怪我をしたことすら意識に上らないようになったということであった。
さて,ここから創は一気呵成に上皮化に向かうかと思ったが,ここから治癒までに時間がかかった。
12月4日(107日目) | 12月18日(121日目) |
ごく浅い潰瘍が散在していて,これがなかなかか治らない。ステロイド軟膏も併用したが,あまり変化はなかった。この状態のまま,4ヶ月目に突入。
上皮化は遅々として進まなかったが,この間,一足先に上皮化した部分が次第に軟らかく柔軟になり,平坦になる,という変化が見られた。つまり,従来の熱傷治療で日常的に目にしてきた「固くて柔軟性のない熱傷瘢痕」でもなければ,肥厚性瘢痕でもないのだ。
この頃になると,職場にも復帰していたが,全くいつもどおりに仕事をしていた。大腿部の運動障害も認められない。
1月8日(142日目) | 1月22日(156日目) |
5ヶ月目には行っても,上皮化はまだ完了していない。しかし,それ以外の部分はさらに柔軟なものに変化していった。
2月13日(178日目) | 2月27日(192日目) |
6ヶ月目の後半にになってもごく小さな潰瘍が残っている。
3月18日(212日目) | 4月8日(233日目) |
4月22日(247日目) |
7ヶ月目で全て上皮化した。この間の治療はプラスモイストの貼付のみだった。8ヶ月目に入っても潰瘍再発はなく,上皮化した部分に瘢痕拘縮も肥厚性瘢痕も認められず,運動障害はなく,日常生活でのトラブルもない。また,痒みなどの症状もない。
私は長いこと東北大学形成外科に所属し,その間,数え切れないほどの熱傷患者の治療に当たってきたし,多くの教科書を読んで熱傷治療について勉強してきたつもりだ。もちろん,先輩医師から教えてもらったことも多い。要するに,真面目で優秀な形成外科医ではないが,普通の形成外科医として熱傷治療について勉強してきたし,知識も持っていると思っている。
だが,そういう従来の熱傷治療の常識が,この患者さんの経過を見ると,全て間違っているように思えるのだ。
【従来の常識】
【しかし,現実はどうだったのか】
【湿潤治療で3度熱傷を治療してみると】
このように,全く正反対の結果が得られている。
従来,大学病院で治療をしていた頃は,肥厚性瘢痕は必発だったし,上皮化までに長い時間がかかった症例では瘢痕拘縮は避けられなかった。それなのに,なぜ,湿潤治療では上皮化までに半年以上かかっているのに,瘢痕拘縮が発生していないのだろうか。その鍵は,この症例での「小さな潰瘍しか残っていないのにそれが上皮化するまで4ヶ月もかかった」ことが握っているのではないかと思う。
(2008/05/07)