前回提示した症例写真である。
93日目 | 233日目 |
数センチの潰瘍が散在する93日目の状態から,全ての潰瘍が上皮化するまでに140日もかかったわけだ。ここで,「140日もかかるなんて,駄目な治療だ」と治療日数だけ見てしまうと物事の本質が見えてこない。
次の二つの治療があったとき,どちらがいい治療だろうか。
つまり,結果がどうであれ速く治すのがいい治療だと考えるなら前者,患者の長い人生と社会生活を考えるなら運動障害が起こらない治療のほうが意味があると考えるなら後者だ。
これまでの熱傷治療は前者の視点しかなかったのが問題だったのだ。
では,湿潤治療で上皮化までに4ヶ月かかったのに,なぜ瘢痕拘縮が起きていないのかを考えてみよう。なぜなら,「上皮化までに時間がかかればかかるほど,肥厚性瘢痕が生じる」というのが従来の常識だったからだ。
ちなみに,この「広範皮膚欠損で保存的治療をして時間がかかっているのに,瘢痕拘縮が起きていない」という症例は以前にも報告している。
これらの症例の治療方針で共通していたのは次の点だ。
そして,これらに共通して見られた現象は次の通り。
なぜ,上皮化完了までに時間がかかったほうがいい結果なのか。それは,よく動かすことによって,運動に耐える肉芽となるから,としか考えようがない。この「運動に耐える」肉芽になるまでに時間がかかるのではないかと思われる。つまり,表皮細胞の方は一定のスピードで肉芽表面に伸びていくが,絶えず患部を動かしていることで表皮が創面を埋め尽くす前に肉芽が拡大し,そのために「なかなか上皮化が進まない,上皮化がストップしている」ように見えているだけではないだろうか。
要するに,なかなか治らないのではなく,十分な動きを獲得するために時間が必要なだけではないかと思われるのだ。
この推論が恐らく正しいという証拠は,この患者さんの自然に上皮化した部分(従来の言い方では瘢痕治癒した部分)が,固くなく,柔軟であり,運動障害も拘縮も起きていないという事実だ。日常生活をさせ,仕事をさせながら上皮化させたからこそ,日常生活にも仕事にも耐えられる皮膚が再生したわけだ。
要するに,「治癒までに時間がかかっている」のではなく,「日常生活に必要不可欠な運動性を肉芽が獲得するのに十分な時間が必要」だと考えられるのだ。
このように考えると,なぜ植皮をして創面をすべて移植皮膚で覆うと拘縮が起こるのかがわかってくる。植皮は固定肢位で行うため,運動に適した皮膚の面積は得られないし,肉芽も運動に耐えられるものになっていない。だから,移植皮膚は縮んでしまう。
しかし,植皮をしても全て埋めず,肉芽を半分くらい残しておき,自由に動かさせながら乾燥を防げば,運動に耐える柔軟な肉芽ができ,拘縮のない皮膚が再生するわけだ。
だから,「傷が治らないから植皮をする」のは最悪ということになる。要するに,医者の善意の押し付け,医者の価値判断の押し付け,要するに余計なおせっかいである。
同様に,熱傷治療に患部の安静は必要なく,むしろすべきでないということも推断できる。安静にすると確かに早く上皮化が得られるかもしれないが,それで得られる上皮化は将来必ず縮んでくる,使い物にならない上皮化,追加手術が必要な上皮化である。
また,以前の「消毒と軟膏ガーゼ」による治療で形成される肉芽や瘢痕と,「消毒しない,乾燥させない」治療で得られる肉芽や瘢痕は,そもそも質的に違っているとしか考えられないのだ。古い時代の治療の常識で新しい時代の治療を判断することはできないし,古い時代の常識を新しい治療に当てはめて解釈することも不可能だ。それは,「駕籠や大八車の常識」を「飛行機や新幹線」に当てはめようとするようなものだからだ。
要するに,従来の熱傷治療の常識は湿潤治療の前では「使えない常識」でしかないし,新しい治療には新しい常識が必要だ,ということだろう。
(2008/05/08)