3度熱傷を2度熱傷にする


 この症例について,次のような質問をいただいた。

この症例にたいして先生は3度植皮術をされていますが、植皮はやはり必要だったのでしょうか?
ある意味「植皮反対派」の夏井先生がなぜ植皮をされたのかちょっと疑問に思いました。

 もっともな疑問だが,私が否定している植皮は「創面全てを覆う(埋める)植皮」で,今回の植皮は「3度熱傷を2度熱傷にするための植皮」であり,(少なくとも私にとっては)意味合いが全く違う。

 ご存知のように2度熱傷は早期に上皮化が得られるが3度熱傷は上皮化までに時間がかかる。これは,2度熱傷では毛根などの皮膚付属器官が残っていて,そこかしこにある毛根から上皮再生が始まるために早期に治癒するが,3度熱傷では毛根が残っておらず,そのため,肉芽収縮と周囲の皮膚からの皮膚再生しか治癒が得られないためだ。

 2度熱傷で創面に生き残っている毛根はいわば「皮膚の島」であり,そこから放射状に再生皮膚が広がっていくわけだ。それなら,3度熱傷の創面(=肉芽表面)に「皮膚の島」を植えつけてやれば2度の熱傷と同じになるはずだ。それがこの症例で行った「パッチ状植皮」である。


 パッチ状植皮(小さな皮膚片を創面にバラバラに植皮すること)といえば,形成外科では古典中の古典,前世紀の中ごろまでは盛んに行われていた,古臭い手技だ。なぜ「古臭い」ものになったかといえば,昔は大きく皮膚を生着させる技術がなかったために小さく切って植皮するしかなかったのだが,その後,広い皮膚でも確実に生着させる技術が開発されにたため,パッチ状植皮が廃れてしまった,という歴史的経緯がある。

 そんな古い技術をなぜいまさら,というのが常識ある形成外科医の反応だろうが,昔のパッチグラフト(パッチ状植皮)と今回のパッチグラフトは全く異なっている。昔のパッチグラフトは「消毒と軟膏ガーゼ」による治療であり,今回のパッチグラフトは「消毒なし,湿潤状態の維持」であるからだ。
 さらに言うと,昔のパッチグラフトは「仕方なしにしていた植皮」だが,今回のグラフトは「3度熱傷を2度熱傷にするための植皮」であり,積極的な意味合いがあるのだ。


 このパッチ状グラフトのメリットはとにかく,効率的に上皮化が進むことにある。
 例えば,下図左の青いところが肉芽,オレンジの部分が1×2センチの皮膚片だとする。そして「上皮細胞は創縁に直角な方向にのみ進み,1週間で1センチのところに達する(皮膚が1センチ伸びる)」とすると,1週間後には下図右の状態になるわけだ。計算するまでもなく,6cm2の皮膚が新たに得られるわけだ。

  


 ところが,下図左のようにこの皮膚を半分に切り分けて1cm2が2個として,バラバラに植えた場合,一週間後には下図右のようになり,計算するまでもなく8cm2の皮膚が増え,1枚のシートで植えるより効率がいいことがわかる。

  

 さらに計算するまでもないが,移植片をできるだけ小さく切り分けでばら撒いたほうが,その皮膚片から伸びる皮膚の面積は大きくなるわけだ。理論上は,皮膚片を細胞数個のサイズにするのがもっとも効率的であるが(毛根からの上皮化がまさにこれに相当するわけだ),そうなると手技が面倒なってしまうので,扱いが容易な1センチ四方くらいの皮膚片に切り分けて植皮するのがもっとも簡単で効率もよいことになる。


 というわけで,広範囲3度熱傷治療の新時代の常識は次の3点になるはずだ。

  1. パッチ状グラフト
  2. 創面を全て移植皮膚で覆わない。創面(肉芽面)を必ず残す。
  3. 移植創面(熱傷創面)の湿潤状態の維持
  4. 運動制限を一切行わず,患部を自由に動かさせる

 これで,運動障害も起こさず,皮膚採取も最小限にでき,肥厚性瘢痕も瘢痕拘縮も(ほとんど)起こさずに3度熱傷も治療できるようになる(はず)

(2008/05/13)

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