症例は60代男性。既往歴は特にない。1ヵ月半前に左前胸部に湿疹のようなものができ,自宅にある軟膏で様子を見ていたが治癒せずに広がってきたため,当科を受診した。
左前胸部に13×8センチの潰瘍を認める。潰瘍周囲は盛り上がって周堤を形成し,この部分を押すと膿が流出。黄色ブドウ球菌が検出された。
初診時 | 2週間後 | 1ヵ月後 |
慢性膿皮症の診断で抗生剤点滴,内服を行ったが全く反応せず,局所麻酔下に一部を正常脂肪組織が見えるまで切開したがそれでも数日で同じ部位に皮膚膿瘍を再発した。真皮から脂肪にかけての深さで広範に瘻孔がネットワークを作っていた。
抗生剤の種類を変えても反応はなく,拡大するばかりだった。膿瘍のドレナージ方法もさまざま工夫したが,どれも奏功しなかった。
右端の創遠位部に見るように,大きな膿瘍を形成した部分は自壊して潰瘍を形成したため,「穴あきポリ袋+紙オムツ」で創面を被覆した。
「ステロイドの内服が有効」という本の記述を見つけたが,投与量については記載されていないため,内科医と相談しプレドニン60mgを投与して反応を見ることとした。
4日後 | 23日後 | 46日後 |
プレドニン投与開始とともに,膿の量は劇的に減少した。4日後には頭側の周堤形成が治まり,膿汁流出は遠位部のみに限局するようになった。
23日後には周堤形成は全周でなくなって膿の流出もほとんどなくなった。頭側のほとんどは上皮化した。なお,創面は初診時からこの頃までは「穴あきポリ袋+紙オムツ」で被覆し,これ以後はプラスモイストで被覆した。46日後には数箇所の瘻孔を残し,潰瘍が点在するだけとなった。
プレドニンは最初の5日間は60mg,次の10日間は30mg,その後2週間は15mg, その後は一日5mg内服をしばらく続け,膿瘍が全てなくなった50日目に内服終了とした。
63日後 | 107日後 |
現在も通院中であるが,膿瘍再発はなく,再生した皮膚も落ち着いてきた。なお,初診から現在まで,外来通院のみで治療をしている。
このようなタイプの膿皮症は,通常の皮膚感染,皮下膿瘍とは全く別物であることを教えてもらった症例である。とにかく,抗生剤は全く効かないし,感染巣を開放しても駄目だったし,デブリードマンしても治まらないし,ドレナージも全く無効なのである。外科的治療の限界というか,外科的手段で治療できる感染症ではないことを実感した。
また,プレドニン投与前の写真を見てもわかるが,周堤部の発赤はあるものの,その周囲の発赤は範囲が狭く,周堤から離れた部分に圧痛はなかったことから,蜂窩織炎は起きていないか,起きていても軽度であった。
このことから,これは「細菌感染が起きて膿瘍を作ったもの」ではなく,「(何らかの原因による)組織破壊がまず起こって皮下にスペースができ,そこに黄色ブドウ球菌が住み着いただけ」というのが病態の本質ではないかと考えられた。だから,抗生剤は奏功しなかったし,デブリードマンしても反応がなかったのだろう。
これまでも殿部や項部の慢性膿皮症は治療したことがあったが,これほど急速に進行したものは経験がなく,あらゆる外科的治療に反応しない様子を毎日見るのは苦痛だったし,感染巣治療の方法論が全く通用しない創部を見るのは怖かった。「ステロイド内服が有効」という記述はあってもこの症例に有効かどうかは不明だし,神にも祈る気持ちだった。
ちなみに,これほどの面積の皮膚欠損であっても,やはり植皮は必要ないことを再確認できたのも収穫だった。
その後,皮膚科の先生より「これは壊疽性膿皮症の典型例だ」とのご指摘をいただきました。確かのそのようです。
(2008/06/27)