水虫が湿潤療法で治ってしまった!

埼玉県 斎藤さんからの投稿


 何と,水虫(足白癬)がラップとワセリン,プラスモイストで治ったという報告をいただきました。報告してくださったのは,当サイトの読者の方で医療は素人の斎藤さん。
 以下,斎藤さんからのメールと証拠写真です。


 4年ほど前から足の水虫と皮膚科医より診断され,アスタットやボレークリームなどを処方されましたが,いずれも皮膚がかぶれて治りません。その後,ラミシールクリームを処方されましたが,翌日より炎症を起こし,差し込むような痛みだけがなかなか取れませんでした。

 湿潤治療は以前から自分で行っていてその効果がわかっていますが,さすがに「水虫菌は湿った環境が大好き」という知識がありますので,最初はためらいましたが,思い切ってラップとワセリン,一部プラスモイストで治療をしてみました。直ちに痛みも痒みもなくなり,数日で治癒してしまいました。

7月9日 7月13日


 私もこのメールをいただくまで,さすがの湿潤治療も水虫には駄目だろう,これだけは守備範囲外だろうと思っていました。確かに論理的に考えると,これでいいのかもしれません。

 従来の白癬の治療というと,次のような論理で組み立てられていました。

  1. 白癬菌が皮膚に侵入する
  2. 白癬が発症する
 だから,治療のターゲットは当然のことながら白癬菌ということになり,それを殺すための薬剤としてアスタット,ラミシールなどの軟膏が使われてきたわけです。ではそれで治るかというと,ご存知のようになかなか治らないのですが,これに対しては,「水虫は治りにくいから」と説明されてきたわけです。
 患者さんもはじめから「治りにくいので治療は長期にわたる」と説明されるから,治らなくても文句は言わないし,また,治った例も見たことがないため,治らないことを不思議に思いません。


 しかし,この斎藤さんの報告を見ると,白癬の病態像というか,発生の仕方は違っているとしか思えません。私が考える白癬の経過は次のようなプロセスになります。

  1. 皮膚表面(角層)に何らかの原因で傷ができる
  2. 角質の傷の中に滲出液が出てくる
  3. 白癬菌に最適の環境になる
  4. 白癬の診断をされ,抗真菌剤クリームを塗る
  5. 白癬は死ぬが,皮膚の傷も治らない,クリームが治るのを妨害する
  6. 傷があるため,白癬菌に最適な環境は維持される
  7. また白癬菌が定着する
  8. 抗真菌剤クリームを塗る

 要するに,白癬菌は単に「傷があって治らないから登場した」ということになります。いくら白癬菌といっても繁殖に適さない環境では定着できないし,自分の生存に適した環境に皮膚を作り直す能力を持っているわけでもないでしょう。つまり,白癬菌が主導権を握っているのでなく,あくまでも環境が先にあり,そこに適した生物(この場合は白癬菌)が定着しただけ,と考えられるのです。

 となれば,治療の方針は「白癬菌を殺す」ことでなく,「白癬菌が生存できない環境にする」ことであり,それは角質にできた傷を治すことしかありません。湿潤治療で治ったという事実は,これでしか説明できません。
 従来使われていた抗真菌剤クリームは「白癬菌は殺せるが,傷の治癒も邪魔する」ため,白癬菌に最適の環境は残されるため,いつまでたっても白癬が治らなかったのでしょう。


 さて,なぜここでたった一例を取り上げたかというと,白癬の治療に限らず,熱傷の治療にしても肺炎に治療にしても,まず全てをまっさらな状態に戻して最も単純な病態の分析から最も単純な治療法を行い,そこから少しずつ治療法を付加していかない限り,昔からの治療法,昔からの治療理念を引きずってしまうからだ。

 熱傷治療を例に挙げると,現在の熱傷治療とは,最速の高級車に古い時代の手動式の方向指示器とさらに古い木製の粗末な椅子がついているようなもの,新幹線に手動式警笛と石炭貯蔵庫とハエ取り紙がぶら下がっているようなもの,地デジ対応フルハイビジョンテレビにSPプレーヤーと真空管がついているようなものだ。19世紀以来の古い時代の治療薬や古い治療法が滓の様にこびりついているのだ。

 熱傷治療ゲーベンクリームは真空管だ。とびひ治療の亜鉛華軟膏はハエ取り紙だ。それと同様,白癬治療の抗真菌剤入りクリームは手動式方向指示器ではないかと思うのだ。しかし,昔から手動式方向指示器つきのスポーツカーに乗っていれば方向指示器が古いとは思わないし,新幹線にハエ取り紙がぶら下がっていても変だとは思わない。それは当たり前だと思ってしまう。むしろ,ハエ取り紙や粗末な木製椅子に愛着を感じていて,それなしでは何となくしっくりしないと思っている。
 それが古いんじゃないの,おかしいんじゃないの,と思うのは,その業界内部の人間ではなく,その業界からちょっと離れたところにいる人間だ。離れてみているからよく見えることがあるのだ。岡目八目,という奴だ。

 過去のしがらみを断つには,過去の治療に思い入れがない人間が,最もシンプルな治療法を提案することからはじめるしかない。最新の車を設計する時に木炭自動車の設計者やら大八車の設計者に口出しさせてはいけないのだ。
 ところが,現在の学会には木炭自動車の設計者や人力車の設計者が理事とか名誉時理事納まってにらみを効かせていて,熱傷治療のガイドラインを作ろうとすると,俺の木炭自動車のタンクも入れろ,俺の作った人力車の提灯はどこに行った,と文句が出るもんだから,提灯がぶら下がり,木炭自動車のタンクもついている車になってしまうのだ。これではいつまで待っても,最新の車は作れない。


 熱傷治療で言えば,ラップのみの治療が最もシンプルで創傷治癒理論に適っている。実際,多くの軽症の熱傷はラップだけで治ってしまう。しかし,受傷直後はラップだけではちょっと傷が痛い。傷が痛いのはすれるからだ。だから最もシンプルで害がないワセリンをラップに塗ってみる。すると痛みはなくなる。この時,「昔から使われているアズノール軟膏ではどうか」と発想すると駄目だ。使うのは最もシンプルな薬剤であるべきだからだ。
 しかし,それでは水疱をどうするかという問題が残る。だから水疱を残す方法を模索してみる。水疱膜にフィルムを張る方法が思い浮かぶ。実際にやってみると結構うまく行く。
 しかし,そうやって見ると1割から2割の患者で発熱したり,傷の痛みを訴える患者が出てくる。どうも感染症状らしい。感染症状なら感染源は何かと発想する。もちろん,残した水疱膜の中の水疱液だ。だから,「熱傷水疱はすべて除去する」という治療法が付加され,発熱に対しては抗生剤の点滴か内服をさせるという方法も追加される。ここで,「昔から使っているゲーベンクリームはどうか,ゲンタシン軟膏はどうか,解熱鎮痛剤はどうか」と発想するとおかしくなる。基本的病態(=創感染による発熱)に対する治療でないからだ。

 このようにして,最もシンプルな治療(もちろんそれは創傷治癒の基本に立脚したものでなければいけない)をベースにして,何かトラブルが起きたらそれに対して理論的な対処法が付加されていく,という方法論が生まれ,それは最もシンプルで納得できる治療体系になる。過去のあらゆるしがらみを断ち切っているからだ。美しく論理的にも納得できる治療体系を作り出すには,こういう荒療治が必要だと思っている。

 だから,この症例が本当に水虫だったのかというのは,実はどうでもいいのである。

(2008/07/18)

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