会陰部のガス壊疽,すなわちフルニエ壊疽(Fournier's gangrane)であるが,急速に進行する場合には現在でも致死率は高い。また,救命しえたとしても男性の場合は〔陰嚢部の皮膚壊死⇒両側のTestis露出〕が避けられず,その治療に難渋することが多い。
今回の症例はさすがの私も,これは果たして治るんだろうかと不安になりながら治療した症例である。何しろTestisはぶら下がっていて固定されておらず,しかも球体であるため,果たしてこの上に周囲から上皮化するのかどうか判らないからである。
しかし,OpWT(「穴あきポリ袋+紙おむつ」法)できれいに上皮化してしまった。完全に露出していたTestisがきれいに皮膚で覆われたのである。
60代後半の男性。未治療の糖尿病あり。
数日前より食思不振があり,発熱もあったため8月6日,当院を受診。殿部の蜂窩織炎,敗血症疑いで入院となる。8月7日,ガス壊疽の診断で殿部(肛門から5センチ外側)と陰嚢部を切開し排膿した。悪臭を伴う大量の黒色の膿汁が溜まっていた。全身管理については内科管理,創部については当科で管理することにし,創部はOpWT(穴あきポリ袋+紙おむつ)で広く覆うのみとし,ゲーベンクリームやカデックス軟膏などの軟膏類は一切使用していない(使用する意味がないから当然である)。
入院直後から下痢が続き,創部も便汚染したが,汚染するたびに洗ってドレッシングを取り替えるのみとし,抗生剤は最初の10日間のみ点滴投与した。
と,ここで普通なら経過写真を出すところだが,何しろ場所が場所,部位が部位なので,経過をご覧になりたい方は本名,所属病院,職種を明記してメールでご連絡いただきたい。
本当にびっくりするほどきれいに治っているし,恐らく,湿潤治療に習熟されている先生方でも「目が点」になるはずである。
というわけで,陰嚢の全ての皮膚が欠損しTestisが完全に露出していても,保存的に治癒する。また,下痢が激しく,下痢便の中にTestisが浮かんでいてもそれが原因で感染することもない。
この症例の経過写真をご覧になられた先生方から,次のような感想が寄せられています。
- 感動です!
- 「上皮化に時間がかかる⇒瘢痕拘縮」でないことを再確認した。
- 以前経験した同様の症例では除睾術とペニス切断を行った。そういう手術をしなくても治ることを早く知っていれば,しなくてよい手術だったと思う。
- 再生した陰嚢皮膚があまりにきれいで自然な質感なのにビックリ。
- 湿潤療法を始めてから,かなりのものが保存的に治るという実感は得てはいましたが, こんなにひどい症例でも保存的に治るのだということがわかり,勇気をもらいました。
- とりあえず局所の感染症状と敗血症さえコントロールできていたら,あとは乾燥を防ぐだけで治ることを再確認した。
- 便で傷が汚れても感染しないことがよくわかった。便汚染と言う概念自体を問い直す必要がありそうです。
- 驚きの経過です。これが治る治療法ならどんな感染創でも治ると思います。
- いやー、驚きました! 糖尿病がベースにある症例には治療に難渋することが多いですが、さらに便による汚染があってもこれほどまでにキレイになるとは思いませんでした。ヒトの持つ自然治癒力の偉大さを改めて知りました。
- 9月から10月の写真ではこれからどうなるんだろうという感じですが、一旦スイッチが入ると上皮化してくるんですね。参考になりました。
- それにしても、今回の症例は(いろいろな意味で)衝撃的な映像でした。
- 感動的な治癒の仕方ですね。便まみれでも大丈夫という貴重な経過をさせていただきました。
- またまたショッキング画像有難うございました。ショッキングというのはこの治癒力です。まさにamazingですね。
- 「普通はウンコでは感染しないよ」と言っても、なかなか信じてもらえないんですが、こう言う症例を見てもらえば一目瞭然ですね。Testisも一緒に壊死して落ちてしまうのかと思いましたが、上皮化するのですね。驚きました。
- 形成外科医です。OpWTだけでこんなに良くなるんですね。。びっくりです。自分が上級医になったらぜひ試してみたいです。
- とにかく僕ら外科医は開いた傷を見るとできるだけ要らないところを切除して縫合しようとしますが、糖尿のある方でも閉鎖療法だけであのように「違和感のないような感じで」上皮化するとは驚異的ですね! 勉強になりました。
- 人間の治癒能力に改めて驚かされます。
- すっごいですね。睾丸が丸見えの状態で信じて経過をみるのは勇気がいりますね。患者さんもよろこんであるでしょうね。
- 袋状の皮膚が再生されるのでおどろきました。臀部膿瘍など再感染なく経過した経験はありますので、今後も恐れずに治療していけそうです。治療に長期間の経過が必要で患者さんの理解が必要ですね。
- 想像した以上の衝撃でした。先生の著書を数多く読み、多少理解したつもりではありましたが、ここまで綺麗に治るものとは思いませんでした。便汚染しても感染しない…というのまでは予想していましたが、いわゆる瘢痕様のテカテカした皮膚として再生するのかと思っていた創部が、まさにわからないほどの状態になっていて驚愕です。
- 息の長い管理には忍耐とチームワークも必要で、自然治癒が働く環境を継続的に適切に維持管理する手間がかかるのですね。便との接触においても、その後洗浄すれば感染は必然ではなさそうですね。治療期間8か月ほどと、保存的に待てるかどうか、一つの決断だと思います。
- 高解像度の写真を見ても、やはり見れば見るほど不思議で、今まで先生がご供覧いただいた、おびただしい外傷治癒例と決定的に違うのは、瘢痕治癒例ではなく、まるで何事もなかったかのように、ありのままに再現されていることで、これは「治癒」ではなく、「再生」と言えるのでは?という気がしてなりません。この状態で、陰嚢の被角血管腫の一つや二つできても、何の違和感の感じないだろう、見事な仕上がりと存じます。
- いやァ ぶっ跳びました。久々に度肝抜かれました。7ヵ月後とはいえ最終写真、予想をはるかに超える仕上がり(確かにあれは再生ですね)でした。あれだけ見たら「どこが悪かったの?」もんです。
泌尿器科医の立場から述べさせて頂きますと、精巣は固有鞘膜を含め厳密には「5層構造」ですので、たとえ「たまちゃん」がほとんど「ウンコまみれ」にさらされたとしても、意外にも一部(かなり広範でびっくりでしたが)陰嚢皮膚全層欠損したとはいえ、精巣が耐え得る構造に起因するのかも知れません。
これもある意味「種の保存の法則」(進化論と別の意味で)と言ったら大袈裟ですが、生殖組織の恐るべき頑強さ、耐久力というほかありません。それをカバーする陰嚢(Hoden Sag)はさらに頑強(自然治癒させ得るという点で)であることが証明された、大変貴重な症例であることは間違いありません。
(2009/03/10)