MRSAの世代時間(分裂時間)が長い理由


 前述のように,MRSAと野生株の黄色ブドウ球菌では世代時間(菌が2個に分裂するのに要する時間)は5倍違っていて,MRSAは極めて分裂の遅い細菌である。単純計算するとわかるが,MRSAは12時間かけても8倍にしか増えないが,野生株黄色ブドウ球菌は12時間で26万倍に増えるのだ。要するに,「1年ごとに子供を産むネズミと,5年に1回子供を産むネズミではどちらが増えるか」というのと同じで,両者の数の差は指数関数的・爆発的に開いていく。


 ではなぜ,MRSAは分裂に時間がかかるのだろうか。恐らくこれは単純に,ゲノムサイズの問題だろう。MRSAは野生株黄色ブドウ球菌より大きな遺伝子を持ってしまったため,遺伝子の複写に時間がかかり,結果として分裂に時間がかかるのだろう。新たな能力の獲得とは,新たな遺伝子の獲得に他ならないからだ。

 例えば,従来のペニシリン耐性ブドウ球菌はペニシリン分解酵素を産生することで薬剤耐性を獲得したし,MRSAはβ-ラクタム剤が結合できないペプチドグリカン合成酵素を作ることで抗生剤の攻撃をかわした。いずれにしても,それまでにない酵素(=蛋白質)を作ることで体性能力を獲得したわけだが,この「新たな酵素を作る」ためには新たな遺伝子が必要となる。そのため,必然的に耐性菌は非耐性菌に比べて遺伝子サイズは大きくならざるを得ない。

 一方,細菌は分裂速度を向上させることを唯一の生き残り戦略とした生物である。同じ環境で生活できる細菌が2種類いたとしたら,分裂速度が速い細菌がより大きな生息領域を獲得し,時間の経過とともに差はどんどん広がり,結果的に分裂が速い菌がほとんどを占める。要するに陣取り合戦である。
 だから細菌は,よりシンプルな形態(複雑な形態ほど複写に時間がかかる),より短い遺伝子にしようとし,とりあえず必要ない遺伝子はどんどん切り捨てて身軽になる傾向がある。


 つまり,耐性能力を持つために獲得した新しい遺伝子のほかは「生きていくのに必要最小限でこれ以上切り詰められない」遺伝子であり,増えた遺伝子の分だけ他の遺伝子を捨てることができないのだ。従って,よほどのことがない限り,MRSAの分裂速度は将来的にも変化せず,恐らく今後もしばらくは「分裂の遅い菌」のままではないかと思われる。

(2009/04/20)