生物学的な観点から消毒法,消毒薬を俯瞰すると
細菌を殺す(殺菌する)手段はいろいろありますが,「殺菌のターゲット」は次の4つしかありません。
これらはどういう物質からなるかというと,次のようになります。
- 細菌の細胞壁の主成分はプロテオグリカンであり,真核生物には含まれない物質です(植物の細胞壁はセルロース)。
- 細菌(真正細菌)の細胞膜は真核細胞(全動物,全植物の細胞)の細胞膜と基本的に同じです。真核細胞が誕生した時,真正細菌の細胞膜を利用して真核細胞の細胞膜が作られたからです。
- 細菌の細胞質も真核細胞も細胞質も,基本的には同じです。
- 細菌の核と真核細胞の核は細胞膜の有無,ヒストン蛋白の有無という違いはありますが,遺伝子の構造は基本的に同じです。
従って,
- 細胞壁をターゲットにした殺菌法は細菌に特異的に作用し,真核細胞(=人体細胞)には作用しません。これが抗生物質であり,極めて安全な殺菌法となります。
- 一方,細胞膜,細胞質,核をターゲットにした殺菌法は,基本的に細菌にも人体細胞にも作用します。構造も成分も共通しているからです。従って,これらには「人体無害な殺菌法」は存在しません。細菌を殺せる殺菌法は必ず人体細胞も殺します。
細胞膜と細胞質の破壊のための手段が全ての消毒薬,各種の色素(ピオクタニン,アクリノールなど),逆性石ケン,熱湯消毒などで,いずれも細胞膜や細胞質の構成成分である蛋白質の立体構造を変えて変性させ,そして細菌を殺します。
蛋白質を変性させるという意味で,熱湯消毒やオートクレーブの消毒もこれらと同じ作用機序です。
- 細胞核をターゲットにした殺菌は紫外線照射,放射線照射になります。細胞核(遺伝子)の構造は細菌も真核細胞も同じなので,紫外線も放射線も細菌にも人体細胞にも破壊作用を持ちます。
消毒薬も色素も熱湯も蛋白質の立体構造を不可逆的変性させます。つまり,生卵を茹でてゆで卵を作るのと同じ変化であり,ゆで卵を暖めても雛が孵ることがないように,消毒薬で変性した細胞は元に戻りません。蛋白質の立体構造が変化し,もとの立体構造に戻すには大きなエネルギーを外部から与えることが必要だったり,エネルギーを投与してももとの立体構造に戻れなかったりするからです。
このような変性はもちろん,創面に露出した人間の細胞膜や細胞質でも起こります。つまり,消毒薬の創面に対する作用は不可逆性変性です。だから,人体細胞も消毒薬で死にます。これが,人体細胞に対する消毒薬の作用です
(2008/05/07)
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