感染性粉瘤の治療(と都市伝説)

下記の方法で粉瘤治療をしている医師のリスト


 感染性粉瘤(infectious atheroma)は外科で最も日常的な疾患の一つだと思うが,どうも医学界というか臨床現場には幾つかの都市伝説が流布しているような気がする。私がこれまで見聞きした都市伝説についてまとめ,同時に治療法を説明する。


【感染性粉瘤の治療】

  1. 皮内注射でキシロカインE入りで局所麻酔。ちなみに皮膚を消毒する必要はない。粉瘤内部に既に大量の細菌がいるのだから,「外から細菌が入らないように」消毒することはナンセンス。
  2. 1センチくらい切開(皮膚の皺の方向に切開)
  3. アテローム内容を押し出す。
  4. この時,アテローム内部に鑷子を入れてアテロームの大きさ(広がり)を内部から探り,必要なら切開を追加。
  5. アテローム内容とともにアテローム被膜も一緒に押し出されてくるので,これを除去。
  6. 全部押し出したら,被膜が残っていないか観察し,残っていたら鑷子で摘んで除去。通常は摘んだだけで取れる。
  7. アルギン酸塩被覆材を充填しフィルム材で被覆。もしも被膜が残っている恐れがある場合は,アルギン酸塩被覆材の表面を半分覆うだけにする。
  8. 小さく切った紙おむつなどで被覆。
  9. 翌日,アルギン酸塩被覆材を除去し,被膜が残っていないか確認。残っている被膜は大抵浮き上がっているので摘んで除去。湿潤治療について患者さんに説明し,プラスモイスト貼付。あとは週2回くらい通院。

軽度の発赤あり 摘んで取れた被膜 全て皮膜が取れたのでフィルムで密封

翌日,発赤は消退 プラスモイスト貼付


発赤・圧痛あり 深くて全ての被膜が取れたか不安だったため,
半分だけ閉鎖
その上に紙おむつ


【炎症が治まらないと切開はできない】
 こう説明する先生もかなりいるような印象です。私の外来で治療をする粉瘤患者の1/3くらいは他の病院で治療を受けていてその後当科を受診されていますが,そのほとんどが前医でこのような説明を受けています。

 正解は「炎症がひどいときほど切除しやすい。化膿しているときこそ治療しやすい。炎症が治まるまで待つ必要は全くない」です。「炎症を起こしているアテロームの被膜は周囲組織からほとんど遊離していますが,炎症を起こしていない被膜は周囲組織に固着している」からです。だから,炎症が起きているときほど被膜は簡単に除去できますが,炎症を起こしていないアテロームでは被膜は摘んだくらいでは取れないことが多いのです。
 つまり,「炎症最盛期のアテロームは治療に最適期」なんですね。


【化膿している粉瘤は麻酔が効かない】
 感染している粉瘤の患者さんに「麻酔をして切開します」というと5人に1人くらいは

「前に別の先生で切開してもらったときは全く麻酔が効かなくて死ぬかと思うくらい痛かった。その先生は化膿しているから麻酔が効かないんだと説明しました。今回もあんなに痛いかと思うと・・・」
と言うんですね。秋田でも山形でも長野でも茨城でも同じ話を聞きましたから,「化膿している粉瘤には麻酔が効かないから,痛いのはしょうがない」と説明している医者は全国各地に生息しているようです。

 もちろん,これは真っ赤な嘘です。化膿していようが自壊していようが麻酔は効きます。
 では,なぜ,「麻酔が効かないのは当たり前」と説明する医者がいるんでしょうか。なぜ,麻酔が効かないのでしょうか。理由は簡単で局麻の方法が間違っているからです。粉瘤は真皮に癒着しているため,麻酔は皮内注射,つまりかなり浅く打たないと麻酔薬は粉瘤内部に入ってしまい,麻酔は当然のごとく効きません。
 ちなみに私は,化膿している粉瘤切開のための局麻は29G針か26G針で行っています。皮内注射のため,1mlでもかなりの範囲に広がります。ちなみに,粉瘤の周囲に麻酔をする必要は通常ありません。切開部分の麻酔だけで十分です。


【アテロームの中身は脂肪である】
 このように説明する医者も多いですが,もちろん間違いです。アテロームの被膜は皮膚付属器由来,つまり皮膚みたいなものです。中にたまっているのはその皮膚から剥がれ落ちた角質と皮脂であり,脂肪ではありません。

(2009/09/16)

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