示指基節部掌側の(おそらく)全層皮膚欠損(と思われた)症例


 症例は18歳男性。仕事中に印刷用のプレス機に左手を巻き込まれて受傷。直ちに近医を受診し,整形外科医から「皮膚移植が必要だろう」と言われ,しばらく経過を見るように言われて,翌日(9月9日)に当院を受診した。

9月9日の状態:
関節にかかる皮膚欠損
プラスモイスト
このように被覆


9月11日 9月16日 9月28日:
創のサイズは変化なし

10月2日:
一気に創収縮
10月14日 10月21日:
ここまでまた停滞

10月28日:
一気に収縮
11月4日:
また停滞
11月11日:
完治!
屈曲拘縮なし
11月14日:
瘢痕拘縮・関節拘縮なし


 この症例のように,関節部や可動部の全層皮膚欠損では,上皮化(=創収縮)は均等に進まず,最初はしばらく停滞し,その後一気に進み,その後またしばらく停滞し,その後また一気に進み・・・と階段状に進むことを複数の症例で確認している。つまり,グラフにすると下図のようになる。

 この例で言うと,9月28日までは総面積はほとんど変わらないのに,それから10月2日まで一気に創が収縮し,その後はまた3週間ほどノロノロと進み,10月28日にまた一気に創収縮し・・・という具合である。しかも,このような経過を経て上皮化した創では瘢痕拘縮が起きていない。これは何を意味するのだろうか。


 私の仮説は次のようになる。

  1. 受傷後早期に創面は肉芽で覆われるが,この肉芽は「運動に耐える肉芽」ではない。「運動に耐える肉芽」になるためには,その部位の運動を「経験」して運動に応じてリモデリング(re-modeling)される必要があ。「肉芽の成熟」とである。
  2. この「リモデリング(=肉芽の成熟)」には時間がかかる。また,安静にすると「運動」がないためにリモデリングされずに「動かない瘢痕(硬い肉芽)」のままである。従来はこの時期に皮膚移植を行ってきたため,移植された皮膚も「運動に応じた皮膚」にはなりえず,拘縮が起きた(もちろん,移植された皮膚自体の収縮も起きるが)
  3. 「肉芽のリモデリング」が完了してから,周囲の皮膚から皮膚細胞の遊離・分裂が初めて始まる。ここで最初の上皮化が一気に起きる。
  4. 上皮化が起こることで,残った肉芽にかかる張力などが変化する。ここでまた新たな「肉芽のリモデリング」が起こり,この段階では上皮化は起こらない。
  5. 「肉芽のリモデリング」が完了してから,上皮化が再開する。
  6. そしてまた肉芽にかかる張力に変化があり,4に戻る。
  7. 4→5→6→4→5・・・は創の面積とその部位の可動性によって必要なだけ繰り返される。


 多くの形成外科医,皮膚科医は,9月11日か16日の段階で皮膚移植を行うと思うが,上記の仮説が正しいとすれば,皮膚移植はしてはいけないことになる。「運動に耐える肉芽」になっていないからだ。同様に,「過剰肉芽でもないのに,あともうちょっとのところで上皮化が止まっているからさっさと植皮してしまいましょう」というのも最善の選択ではない。

 なぜかというと,私がこれまで観察してきた「傷たち(・・・あえて擬人化表現をする)」は,運動に耐える皮膚を再生させるために最適のタイミングを計っているようにしか思えなかったからだ。過剰肉芽になって上皮化が遅れている場合を除き,肉芽の状態がいいのに上皮化が遅れているのは,単に,肉芽が要求される運動に耐えるものでないからであり,運動に耐える構造の肉芽になるためにリモデリングが必要なのだ。上皮化が遅れているのは,リモデリングがまだ完了していないからではないだろうか。


 私の過去10年の経験で,上皮化に時間がかかった症例で,瘢痕拘縮を起こした症例は一例もないし,運動機能障害を起こした症例も皆無だ。要するに,上皮化の遅れは運動障害の原因にはなっていないのだ。
 そしてむしろ,早期に皮膚移植を行った症例ほど運動障害を生じている(これは,皮膚移植を積極的に行ってきた時代,いやというほど経験している)

 というわけで,少なくとも関節部や可動部では皮膚移植はすべきではないし,上皮化まで時間がかかったとしても保存的に治療すべきだと考えている。

(2009/11/16)

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