過湿潤は上皮化を妨げるか?


【上皮化が遅れる創とは?】

 湿潤治療をしていると,大体の場合は何事もなく上皮化が順調に進む。順調に治っていく肉芽はだいたい同じような外見をしていて,引き締まっていて平坦で,きれいなピンク色で適度に湿っている。いかにも「健康な肉芽」という感じである。
 しかし,往々にして,適切に湿潤治療をしているのに肉芽面の上皮化が遅れる場合がある。臨床的には大抵それは次の二つだ。
  1. 過剰肉芽(肉芽面が周囲の皮膚より盛り上がっている)
  2. 肉芽がブヨブヨして水っぽい
 いかにも「病的肉芽」という感じだ。前者に対しては肉芽の切除,あるいはステロイド軟膏塗布を行うことで上皮化が再開するが,後者は時に治療に難渋する。こういう症例にぶつかると,「湿潤状態でしか創傷治癒が起こらないといっても,過剰な湿潤状態では創傷治癒は阻害されるんだろうな。水分量をコントロールしたら,また治癒が再開するんじゃないだろうか?」と考えたくなる。
 この「過剰湿潤で創傷治癒は遅れるのか」という命題について思考実験をしてみた。

【基本的な事実,基本的な考え方】

 肉芽面の上皮化は肉芽上に遊走してきたケラチノサイト(角化細胞,表皮細胞)が細胞分裂して増殖することで起こる。つまり基本的には細胞培養と同じである。

 細胞分裂には大量のATP,すなわちエネルギーが必要である。つまり,ケラチノサイトが分裂を続けるためには,常にエネルギー源が供給されなくてはいけない。そのエネルギー源とは何だろうか。
 肉芽上のケラチノサイトにとってそれは,肉芽面から分泌される浸出液しかないはずだ。他のルートからはエネルギー源となる物質は供給されないからである。つまり,肉芽の上に遊走してきたケラチノサイトは肉芽側の細胞膜から浸出液を吸収し,分裂のためのエネルギー源としてATPを作り出すわけだ。

 しかし一方,肉芽面に生存するのはケラチノサイトだけではなく,細菌・微生物(黄色ブドウ球菌だったり酵母だったり真菌だったりする)が必ず定着する。恐らく,浸出液の性状(タンパク質の組成と濃度,各種イオンの濃度,pHなど)にもっとも生育条件の合致したものがコロニーを作るはずだ。つまり,浸出液は細菌や微生物にとってもエネルギー源となる。
 ここで一つの疑問が浮かぶ。「浸出液(=エネルギー源)をめぐってケラチノサイトと細菌・微生物は競合関係にあるのか」という疑問でる。浸出液の量が有限である以上,恐らく競合関係が成立しそうだ。もしも本当に競合しているのであれば,これも上皮化の遅れの原因になるかもしれない。

 上皮化が「肉芽面でのケラチノサイトの分裂」である以上,上皮化遅延についてはこれらの問題を多角的に考える必要があるはずだ。

【5つの仮説】

 肉芽上でのケラチノサイト分裂(=上皮化)が遅れる原因としては次の仮説を考えついた・・・というか,これしか思いつかない。
  1. ケラチノサイトの異常があり,エネルギー源である浸出液が吸収できず,分裂できない。
  2. ケラチノサイトに異常はないが,肉芽面とケラチノサイトの間に何かが物理的に介在し,浸出液吸収を阻害している。
  3. 浸出液の性状が変化してしまったため,ケラチノサイトの分裂に最適の環境ではなくなってしまった。
  4. 細菌がエネルギーを横取りしたため,ケラチノサイトの分裂ができない。
  5. 肉芽面の細菌がケラチノサイト分裂を阻止する物質を産生している。

(2010/04/15)

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