頬のひっかき傷の患者さん,そして瘢痕形成術について


 頬のひっかき傷の治療は簡単だ。受傷直後にハイドロコロイド(デュオアクティブ(R),キズパワーパッド(R)を張っておけば,次の例のように翌日か翌々日には跡形なく治ってしまう(ちなみにこの例は自宅の猫に左頬部を引っ掻かれた10代女性)。つまり,知識さえあれば素人でも傷一つ残さずに治療できる。

12月27日 12月29日

 しかし,湿潤治療を知らない医者にかかると,せいぜい軟膏を処方されればいい方で,普通は消毒してガーゼを張っておしまいとなる。だから,傷跡が必ず残ってしまう。いわば必然の結果であり,顔面の擦過創においては初期治療を正しく行ったかどうかで,その後の経過が大きく分かれてしまう。要するに,初期治療が全てである。


 傷が残った場合,問題は二つある。

 もちろん,患部に紫外線が当たらないように遮光を続けておけば,数年後には多少は目立たなくなってくるが,逆に言えば方法はそれしかないのである。リザベン(R)を内服させようが,ヒルドイド軟膏(R)を塗ろうが,遮光以上に効果のある治療はないというのが私の印象だ。


 傷跡を目立たなくするにはZ形成術などの瘢痕形成術があり,形成外科医なら誰でもできる基本手技の一つである。だがこれは「傷跡を目立たなくする手術」であって「傷跡をなくす手術」ではないのである。というか,「傷跡をなくして傷つく前の状態に戻すこと」は原理的に不可能なのだ。

 瘢痕形成術は下の写真のような派手で目立つ傷跡ほど効果がある。それこそ劇的と言っていいと思う(ちなみにこの症例では,Zの入れ方がちょっとまずい場所があります。専門医の皆様,見なかったフリをしてください)

術前 手術終了 3ヶ月後

 ところが,頬を爪でひっかいてできた傷跡の修正にはあまり効果がない。ひっかき傷の傷跡はもともと,それほど派手な変形ではないからだ。

 これはテストで10点の人がちょっと頑張って50点取れるようになったら劇的に頭が良くなったように見えるが,90点の人がすごく頑張って92点取れるようになったとしてもほとんど成績が上がって見えないのと同じだ。

 頬のひっかき傷は放っておいても90点くらいには治るものだ(だからこれまで,治療の対象にすらなっていなかったのだ)。一方,瘢痕形成術というのは92点とか95点を目指す手術であり(傷跡がなくなるのを100点とすると,傷跡が残らないということは絶対にないから100点にはならない),90点の傷に瘢痕形成術をしてうまくいっても95点だから,効果はあまり感じられないわけである。


 湿潤治療のない時代だったら,頬のひっかき傷はそもそも治療対象ではなかったし,傷跡が残っても誰も気にしなかったと思う。

 しかし,湿潤治療が始まった時,頬のひっかき傷は傷跡をほとんど残さずに治せる時代になった(点数で言えば,素人が治療しても98点くらいにはなる)
 当然,そういう治療結果を見て,「昔の傷跡を湿潤治療で治してほしい」という患者も受診することになるが,実はこういう患者が受診するのがもっとも辛いのだ。「最初にデュオアクティブ(R)でも張っておけば傷は残りませんが,古い治療でこのように傷跡が残ってしまったら効果的な治療法はありません。数年経つと今より目立たなくなるので,それまで我慢して下さい」と説明するしか言葉がないからである。患者さんはこの説明に泣いてしまうが,説明する方も泣くしかないのである。

(2011/01/12)

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