症例は初診時84歳の女性。既往歴には左下腿骨折後の変形治癒あり。
2008年9月中旬,虫刺されの部位が治らずに潰瘍となり,蜂窩織炎を起こして近くのクリニックを受診。蜂窩織炎は治まったが潰瘍が拡大し,フィブラストスプレーなどを使ったが治らず,2009年3月初旬に当科を受診した。
当科では当初,プラスモイストで治療し,2009年5月にいったん治るかに見えたが,8月ころから急に潰瘍が拡大し,治療材料を穴あきポリ袋にしたり,プラスモイストに戻してみたり,ステロイド軟膏を使ってみたり,ドルナー内服をさせてみたりと,考えつく治療を全て行ってみたが,治癒していない。
写真は左下腿外側の経過を示すが,実は内側,下腿後面にも潰瘍があって初診時は後面の潰瘍がひどく,外側が良くなると内側が悪化し,内側が良くなると後面が悪くなる・・・というような経過を辿り,現時点では後面の潰瘍は治癒している。
ちなみに,「肉芽面の下の潰瘍底が瘢痕化していて,そのために治癒が遅れているのではないか」と考え,患者さんに局麻手術を提案したことがあったが,「痛いのは嫌」とあっさりと拒否された。
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そして,現在も1ヶ月に1度,通院してもらっているが,患者さん,家族の方と話し合い,「ま,治んなくてもいいか。傷が治らなくたっていいじゃないか」という方針で通院してもらっている。なぜかというと,傷が痛いわけでもないし,2年半の経過で一度も感染を起こしていないし,普通に入浴しているし,普通に歩行できて家の中の仕事や畑仕事ができているし・・・と,何一つ困っていないからである。これで,傷が痛くて困るとか,頻回に感染を起こして大変とか,日常生活ができないとか,何か不都合があれば積極的に治さなければいけないが,そういうわけではないのである。いわば,下腿潰瘍と共存しているようなものだ。
「私も歳だし,あと3年とか4年,この足で歩ければそれで十分」とおばあちゃんも言ってくれているし,家族の人も「ばあちゃんは痛いわけでもなさそうなので,無理して傷を治さなくてもいいよ」とおっしゃっているので,「ま,これでいいか」というのも選択肢としてはありではないかと思う。
この患者さんの唯一の「不都合」は,毎日1回は傷の処置をしないといけないということだが,これは考えて見れば「高血圧で毎日血圧のクスリを飲む」とか,「糖尿病で毎日インスリンを注射する」とか,「耳が遠くて補聴器をかける」とか,「腰が痛いので腰痛ベルトをつける」とか,そういうのと同じである。
大多数の代謝性疾患や変性疾患は治療をしても治っていない。高血圧も高脂血症も糖尿病も近視も実は治っていないのだ。治っていないから,降圧剤とかインスリンとかメガネなどの「毎日の治療」が必要であり,治療を継続しないといけないのだ。これは「腎不全に対する人工透析」でも同じだ。これらが治っていないのなら,このおばあちゃんの下腿潰瘍も治せなくてもいいのではないかと思ったりするのだ。
それにしても,このような潰瘍があっても2年以上,一度も創感染が起きていないというのは「医学の常識・感染症の常識」からすると常識はずれだが,このような例は決して珍しくないのである。どうやら,肉芽で覆われている創面は感染しないものらしい。
(2011/07/15)