症例は4歳7ヶ月の女児。5月18日,車の助手席に乗っていて車が横転し,左前腕開放骨折,前腕挫滅を受傷し,直ちに某総合病院に救急搬送され,同院整形外科に入院となる。入院後,骨折の治療などを受けたが,前腕の後半な皮膚軟部組織欠損があり,筋皮弁移植(広背筋移植と思われるが,同科からの情報がないため詳細は不明)が必要と説明されたが,両親は主治医の治療方針に納得できず,主治医の創処置の方法にも疑問を感じ,インターネットで調べて7月12日に当科を受診した。
ご両親が疑問に感じたのは次の点であった。
- ネットでは広範な皮膚欠損や深い傷も湿潤治療で治っていることが明示されているため,主治医に湿潤治療に質問したが「こういう傷には効果がない」の一点張りだった。
- 処置の際に毎日ガーゼを剥がす際に出血し,子供が気が狂ったように泣き喚いて大騒ぎしている。ガーゼを使わないでくれと主治医に申し出ても全く取り合ってもらえなかった。
- 筋皮弁移植術を受けたら傷は治ると説明されたが,機能的にはどうなるかわからないという回答しか得られなかった。
当科ではまず次のように説明した。
- この程度の皮膚欠損なら数ヶ月かかってもいいなら皮膚再生(上皮化)は可能である。
- 肘や手首を動かしながら治療すれば肘や手首の運動障害(瘢痕拘縮)は最小限になると思うが,そうでない場合は瘢痕拘縮は必発である。
- 皮膚が再生したあとに瘢痕拘縮に対する手術が必要になる。
以上を説明し,了解の上で治療(・・・と言っても,ワセリンを塗布したプラスモイストで覆うだけ)を開始したが,最初の数週間は患児の「治療に対する恐怖」を取り除くことに腐心した。幼稚園のこと,好きなテレビ番組のこと,好きな食べ物のこと,幼稚園の友達のことなど,彼女が興味を持ちそうなことについて一方的に話しかけ,話題を連発することで,少しずつ話を聞いてくれるようになった。その結果,1ヶ月くらいたった頃から処置をする際に騒ぐことがなくなり,その後は治療に協力してくれるようになった。多分,「このオジサン,変なやつだけど,ちょっとだけお喋りにお付き合いしてやってもいいか」みたいに思ってくれたのかもしれない。
以下,治療経過を時系列で示す。
7/12 | 7/13 | 7/20 | 8/3 | 9/1 |
9/24 | 10/29 | 12/10 | 12/24 | 1/7 | 2/4 |
初診時,創面はソフラチュール・ガーゼで覆われ,その上をゲーベンクリームを塗ったガーゼが覆っていた。そのため,ソフラチュールを剥がす際にかなりの出血を見た。剥がされる患者も拷問だったと思うが,剥がす医者の方も泣きたくなった。ソフラチュールを貼ったアホ医者(=前医)を呪いたくなった。
だが,治療開始の翌日には明らかに肉芽の様子が変化し,出血がなくなった。以後はプラスモイスト被覆のみでゆっくりと上皮化が進み,8月24日からは肉芽収縮を狙ってリンデロンV軟膏を使用した。
12月中旬から急速に上皮化が進み,翌年の2月には全て上皮化したが,手関節部~前腕遠位に高度の瘢痕拘縮を認めた。今後,瘢痕拘縮形成術の予定である。
とりあえず,前腕屈側全体程度の皮膚軟部組織欠損であれば,保存的治療で上皮化することがわかる。
ちなみに,当科初診の時点で手関節は拘縮し,伸展装具をつけていたが,結局は屈曲拘縮を生じてしまった。早期から「痛くない治療」をしていたら,もしかしたら手首が動かせて,屈曲拘縮の発生も防げていたかも・・・と思うと,「痛い創処置」がどれほど罪深いものかがよく分かると思う。
(2011/09/06)