これは某病院整形外科から「慢性骨髄炎」として紹介された患者さんだ。10歳の頃から下腿の骨髄炎を繰り返し,しばらく何事もなく経過していたが,平成3年に再発し,以後,同院整形外科で手術を数回行っているが治癒せず,主治医から「消毒とコメガーゼの治療を漫然と続けているのみで,治癒が望めないと判断しました」と紹介された(この主治医の判断は素晴らしいと思うし見事である)。
このような「慢性骨髄炎」症例は珍しくないと思う。実際,これまで私はこのような「慢性骨髄炎」症例の治療を整形外科から依頼されてきたし,10数年前までは "reversed sural arterial flap" などの手術で再建手術(=創閉鎖手術)をよく行っていた。
しかし,この症例の状態は本当に「慢性骨髄炎」なのだろうか。このような状態を「慢性骨髄炎」と呼んでいいのだろうか。
この写真を見ると脛骨が露出しているのは事実だ。しかし,創周囲の皮膚に発赤も腫脹もないし,患部の痛みもなければ発熱などの全身症状もない。要するに,炎症症状は皆無である。
となると,この症例は「炎症症状は全くないが,骨髄の慢性炎症が起きている」ということになってしまうが,「炎症症状はないが,炎症が起きている」というのは医学的にあり得るのだろうか。科学的に正しい解釈なのだろうか。
もちろん,この症例の脛骨のMRIを撮れば何らかの病的所見は見つかるだろうし,それを「慢性骨髄炎の証拠」とすることは可能だと思う。しかしそれでも,「痛くも痒くもなく,臨床症状が一切ない」という事実は揺るがないはずだ。
私は,この症例のような下腿は慢性骨髄炎でなく,単なる「皮膚壊死による骨の露出」だと考えている。要するに「骨の露出」と「骨髄炎」は全く別物なのだ。
これは確かに骨表面(=骨皮質)が露出している。しかし,骨皮質と骨髄は全く異なる組織であり,骨皮質に細菌がいるとしても,それが骨髄に到達するためには次の2つのいずれかしかないのだ。
- 骨皮質がすべて破壊されて細菌が骨髄に侵入する
- 骨皮質から骨髄に向かう血管の内部に細菌が侵入する
もちろん,1. は起きていないから,骨髄炎が起きるとしたら 2. しかないが,こんなことが本当に起きているのだろうか。何しろこの症例は,炎症症状が全くないからだ。血管内に細菌が入った時点で何らかの菌血症の症状が起きても良さそうなものだ。ということは,骨皮質表面に細菌がいることと,骨髄内に細菌が侵入することは別ではないかと思うのだ。
さらに,細菌が骨髄に侵入しただけではだめで,何らかの「感染源」がなければ感染は成立しないのだ。要するに,骨髄炎の発生のためにはクリアすべき条件がたくさんあるのだ。
以上から私は,この症例は慢性骨髄炎ではなく,単なる骨皮質の露出だと診断した。つまりこれは,骨皮質表面への細菌の colonization だが infection ではないのだ。
colonization となれば治療方針は単純だ。「細菌の存在は気にせず」,「創部の乾燥を防ぎ」,「感染源となる血腫などができないようにする」だからだ。つまり,抗生剤も不要なら,消毒も不要。
というわけで,抗生剤の投与はせず,脛骨も一緒に患部を水道水で洗い,プラスモイストで覆うだけとした。この方針で4ヶ月経過しているが,発熱や創部痛などの炎症症状は一切なく,普通に歩行し,自宅の湯船に露出した脛骨とともに入浴している。
また,この骨皮質は乾操してカラカラだ。つまり,細菌の増殖に必須の「水分」が全くない状態である。どんな細菌でも最低限,水分がなければ増殖できないのである。つまり,この骨皮質に細菌が付着したとしても増殖はできないし,感染症状は起こせないはずだ。
要するに,骨皮質が露出していても骨髄炎は起きないし,骨髄炎以外の感染症も起きないのだ。4ヶ月間,この状態が維持できるのであれば,あと1年くらいはこの状態を維持できるだろうし,1年間大丈夫なら5年くらいなら大丈夫かもしれない。患者さんは現在86歳だから,5年間,普通に歩けて入浴できたら御の字だろう。もしも,何かトラブルが起きたら,その時に対処すればいいだけだ。何も難しく考える必要はないと思う。
(2011/09/14)