専門医からV度熱傷と診断されたU度熱傷の症例

上富良野町立病院 外科/兼古 稔


 上記の兼古先生からの治療症例の投稿ですが,そもそもの発端は9月7日に北海道在住の20代女性から,次のようなメールを頂いたことから始まります。

 8月27日(土)の夜,打ち上げ花火で遊んでいて衣服に引火し,左手にヤケドをしました。直ちに,某病院の救急室を受診し,以後,別の総合病院の形成外科に入院しています。主治医の形成外科医より「V度熱傷で深刻な熱傷で皮膚移植が必要」と説明を受けていますが,本当に手術が必要か疑問になり,ネットで調べて湿潤治療を知りました。いろいろ調べて見ましたが,自分の傷はU度熱傷としか思えません。
 また,手首は、傷の痛みとは少し種類の違う痛みがあり,動かなくなるのではと不安です。
9月7日 9月7日


 これに対し私は,「U度熱傷であり皮膚移植は全く不要。あと2〜3週間で完治するでしょう。その病院ではダメなので,すぐに逃げ出した方がいいです。ちょっと遠いけど,上富良野の兼古先生がオススメ!」と返事を出しました。

 そして,9月23日,次のようなメールを頂きました。

 無事、入院していた病院から逃げ出し、上富良野町立病院の兼古先生に会いに行くことが出来ました。どうもありがとうございます。
 退院したい、させないで随分と揉めてヤキモキしましたが、半ば強引に退院することが出来ました。入院で自分自身を人質にとられているので逃げるのが大変でした。
 9月22日(木)に、上富良野町立病院の兼古先生に診て貰いました。やはり、二度の熱傷で、植皮の必要はないとの診断でした。何故、前の病院の形成外科の先生全員が手術が必要と言ったのか、理解に苦しむとのことでした。
 また火傷と同時に手首が脱臼していた可能性があるそうです。火傷とは別に手首の痛みを訴えていたのですが、形成外科の医師には関節の拘縮で片付けられていましたが,ようやく治療が始まりました。


 そして,兼古先生から症例の経過報告をいただきました。患者さんも治療経過の公開を希望なさっておられるとのことですので,転載させて頂きます。

 患者さんは20代女性。当院から120キロ離れたところにお住まいです。8月末にキャンプで花火をしていて間違って打ち上げ花火の発火口を持って火を付け左手関節部に熱傷受傷し某病院の救急外来受診、同日入院となっています。受傷時の診断は3度熱傷で左手関節の脱臼も伴っていたとのことでした。
 「受傷後12日目に3度熱傷で植皮が必要」という説明を受けて先生のところにご相 談。その後「退院に難渋し」当科を受診したの受傷後26日目の9月22日でした。患者さんは当科受診時はプラスモイストトップ(通販で買ったそうです)をガーゼに貼り、ワセリン塗布した上で貼付し、さらに上からオムツを当ててていました。浸出液が多いのでワセリンは不要と指示して帰宅しています。
 その後患者さんとメール診察で診療を続けました。第1回目のメール受診の写真が「受傷後30日目」です。どういう診察をすればこの熱傷を3度と診断出来るのか私には理解出来ません。形成外科学会では3度熱傷の定義を我々の知らないうちに変更したのでしょうか? 誰がどう見てもvitalな皮膚でしょう。
 この時点(受傷後30日)で浸出液は著明に減少。やや創面にくっつきやすくなっ たと言うことでしたのでくっつきやすい部分にのみワセリン塗布を、また浸出液による接触性皮膚炎が出現してきたため市販のステロイド軟膏を塗布するよう説明しました。
 その後受傷後45日ではほぼ上皮化が完了し,当科受診時に撮影したのが受傷後48日目です。
受傷30日目 受傷48日目

 この症例での初診医の問題点を列記します。
  1. そもそもこの症例で12日間以上の入院が必要だったかが疑問です。
     初診時はやむを得ないとしても、せいぜい痛みのコントロールが付く4〜5日の入院で十分だったのじゃないでしょうか?

  2. この患者さんは手関節脱臼を伴っており、当科受診時、熱傷があるため固定後のリハビリが進められなくて困っていました。
     植皮すればますますリハビリが遅れることになり、深刻な機能障害を来した可能性があります。
     当科受診時に「創部を強くこすることさえしなければ、積極的にROM訓練をした方が良い」という説明をし、その後のリハビリで手関節拘縮は受診後30日目時点で「整形の先生が驚くほど」改善したそうです。

  3. 保存的加療として軟膏・ガーゼはまあ良くある話としても、浸出液が極めて多い時期にデュオアクティブETを使っており漏れ出た浸出液をガーゼで吸収していたとのこと。
     これはデュオアクティブETの使い方を全く知らないと言うことですね。
     よく熱傷学会や褥瘡学会で熱傷にラップを使用することを「蜂窩織炎から切断に至った例」を上げ、批判していますが,浸出液でジャブジャブの状態を放置すると言うことは創面の状態としてはラップを使っているのと等価と言うことになります。
     従ってラップで「蜂窩織炎から切断」がありうるなら、当然デュオアクティブで「蜂窩織炎から切断」もあり得るわけです。
    熱傷にラップを使うことに関しては私も批判的ですが(穴あきポリ袋などを使用し十分過剰な浸出液を吸収すべき)、 ラップを批判するならばこのような被覆材の使い方に関しても学会内で十分な教育をするべきじゃないかと思います。

  4. 根本的な問題としてインフォームド・コンセントがなってない。
     全経過を通じて患者さんへの説明は3度熱傷とのことでした。が、後にもらった診断書には2度熱傷と書いていたそうで,患者さんが憤っていました(ちなみに患者さんに渡された別の書類には3度熱傷と明記されていたそうです)。
     3度から2度に診断が変わった理由、植皮が必要とした理由なども説明されておらず、植皮に伴うリスクの説明もされていませんでした。また、退院に主治医が抵抗したというのも現代医療としては問題が大きいでしょう。
 熱傷での湿潤治療はそれなりのリスクもあり、私は先生がおっしゃるような「素人 が自分の判断ですべてやる」ということには正直なところ反対です。実際、一般の人としてはかなり理解されていたこの患者さんもプラスモイストトップの使い方が「ちょっと変かな?」という状態ではありました。また,湿潤療法というと何でもかんでもポリウレタンフィルムやデュオアクティブという看護師、介護士にも良く悩まされます。
 ですが、プロである形成外科医がこのレベルでは「素人湿潤療法の方が結果がまし」 という事態は十分あり得る話になります。残念な話です。


 以下,私(夏井)の雑感です。

 この症例で注目すべきは「受傷後12日目に手術が必要と告げられた」という点です。これについて,9月24日の更新履歴で「カレンダー診断」という言葉で説明しました。要するに,「2週間で治らない熱傷は皮膚移植をしないと治らない」という治療原則(私はこれを「2週間ルール」と呼んでいます)であり,これは日本熱傷学会のガイドラインほか世界中の熱傷治療の教科書に明記されています。
 ところが,調べてみるとわかりますが,この「2週間で治らない熱傷は植皮しないと治らない」にエビデンスはないのです。唯一の根拠は「昔の教科書に書いてあるから/昔の先生がそう言ったから」だけです。EBM全盛のこの時代にあって,何と「根拠のない治療指針」があったのですからびっくり仰天です。このあたりについて更に詳しく論考を加えているところです。

(2011/10/19)

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