なぜこの裂創は壊死するのか?


 症例は20代女性。1週間前にガラスで右前腕に怪我をして自宅近くの総合病院整形外科で入院治療を受けているが,主治医から病状の説明がなく,説明を求めても「まだ治療方針が定まっていないので説明することはない」と言われ,不安になり,ネットを調べて当科を受診された。現在は「血流を良くする薬」の点滴を受けているとのことである。

 受診時,右前腕尺側に8×4センチの裂創を認めた。創は近位を茎とする細長い皮弁状の裂創で,遠位2/3以上は虚血状態であった。


 このような症例は多いと思うが,なぜきちんと縫合したのに皮弁が壊死するのだろうか。それは次のように考えるとわかる。

  1. 受傷時の状態の断面はこうなっている。つまり,皮弁に大量の皮下脂肪が付いている。

  2. 一方,血流はこのようになっている。筋膜から垂直に立ち上がる穿通枝動脈があり,それが真皮下層で横に広がって真皮下血管網を形成している。つまり,葡萄棚や藤棚と同じ構造である。

  3. この症例のような裂傷では,穿通枝動脈と真皮下血管網が切れてしまう。その結果,最も血流が不足している部位(=皮弁側の皮下脂肪)が生じ,虚血状態になり,結果的に壊死する運命となる。

  4. 唯一の解決策は,皮弁下の皮下脂肪を完全に除去してペラペラの皮膚だけにしてから縫い戻し,皮膚移植(植皮)と同じ要領でタイオーバーを行い,密着させて生着させることだけである。ただし,これは全層植皮と同じ状態であり,よほどうまくやらないと皮膚の生着は難しい。

 恐らくこの方法が唯一の正解だろうと思う。ただし,慣れた形成外科医が行なっても必ずうまく行くとは限らず,私の経験では生着しないことが多かった。原因は,通常の植皮と異なりきれいな全層皮膚(=皮下脂肪を完全に除去した状態)の状態にしにくいこと,外来患者なので患部の安静が難しいこと,移植床の状態が通常の皮膚移植より悪いことが原因だと思う。恐らく,移植床側の皮下脂肪も完全除去して筋膜の上にタイオーバーする形にすれば生着率は上がると思われるが,万一失敗した場合のことを考えるとゾッとする。
 また,同様の裂傷でも下肢より上肢の方がまだ壊死する確率は低い。上肢の方が血行がいいからだ。下肢,特に下腿の場合は穿通枝動脈が少なく条件が悪い。

 また,上記の説明で分かる通り,裂傷によって生じた皮弁が厚いほど壊死する確率が高く,皮弁が薄いほど壊死せずに生着する確率が高いことは言うまでもないだろう。実際,皮弁が薄い場合には適当に縫い戻して軽く圧迫しただけで生着することが少なくないし,皮下脂肪がほとんど付着していなければ,かなりの確率で壊死は起こらないはずだ。


 もしもこのような裂創の患者さんが救急外来を受診したら,当直医はどうしたらいいのか。形成外科医に電話連絡して指示を仰ぐしかないと思う。研修医や救急当番医の手に負える外傷ではないからだ。

 私だったら,完全に治療をしたとしても皮膚が壊死する確率が高い外傷であることを説明し,皮下脂肪を除去してタイオーバー固定し,下肢の場合には可能な限り入院させると思う。そして,5〜7日目ころにタイオーバーを開けて生着しているかどうかを観察し,壊死などが認められたら速やかに開放創にして湿潤療法に切り替える。


 以上の説明を読んでも具体的な治療手技が思い浮かべられない医者は,そもそもこういう症例の治療をしてはいけないと思う。そういう意味で,この症例を最初に治療した整形外科医は,創の状況(=皮弁の血行動態)が全くわかっていなかったと思う。だから,1週間たっても「治療方針が決められない」のだろう。

(2012/05/17)

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