症例:77歳男性。
4月22日夜,自宅で転倒して左手掌を家具にぶつけて裂傷受傷。翌日午前中に当科を受診。
当科では直ちにアルギン酸塩被覆材で創部を被覆。翌日,湿潤治療について説明し,プラスモイスト(R)で創部を被覆した。自分で処置(水道水で創部を洗浄し,プラスモイストを交換する)ができるようになった時点で週2回の通院とし,受傷から2週間ほどで完治した。
瘢痕拘縮などはなく,経過中に感染も起きていない。
4月23日 | 4月24日 |
5月1日 | 5月8日 |
以前,「手の裂傷は2センチまでなら縫合しなくてもいい」という論文を紹介したが,この症例は2センチを越える手掌裂傷も縫合しなくても治ることを示しているようだ。
今回の症例は横軸方向の裂傷だったが,縦軸方向の裂傷であっても,結果は同じであろうと思われる。
今後もしも,同様の手掌裂傷の患者さんが受診したら,この症例の経過を見せて「局所麻酔をして縫合しても治るし,多少時間がかかってもいいなら縫合しなくても治る。どちらにしますか?」と,患者さんに治療法を選択してもらおうと考えている。少なくとも,小児の手掌裂傷は絶対に縫合しないと思う。泣かせて縫合しても,泣かせずに縫合しなくても結果が同じなら,泣き声を聞かなくてすむ治療のほうがいいと思うからだ。
このような症例を提示すると必ず「手掌裂傷といっても屈筋腱が露出しているような場合は別だ。腱が露出していたら縫合しないと感染する」と騒ぐ医者(・・・こういうところに気がつくのは専門医ですね)がいるが,屈筋腱が露出していても縫合する必要はない。人間の手は屈筋優位であり,安静時には自然に屈曲位を取るからだ(これを resting position という)。ましてや,手掌を怪我した場合には無意識のうちに傷をかばうために反射的に手を強く握るものだ(嘘だと思ったら,手掌に傷を作って実験してみてください)。
すなわち,屈筋腱が露出している手掌裂傷層をアルギン酸塩被覆材とフィルムでドレッシングしておけば,自然に手を握るために屈筋腱は脂肪組織に覆われてしまうる(逆に,屈筋腱が露出した状態を維持しようとすれば,手指のMP,PIP,DIPのすべての関節を過伸展位にしなければいけないが,手掌裂傷患者がこの指位を取ることはない。痛いからだ)。
「手掌はこれでいいが,手背裂傷の場合はどうか?」という質問もあると思うが,手背裂傷に関しては最終結論を導き出すほどの「未縫合例」を経験していないので,結論を出すのはもうちょっと臨床経験を積んでからにしたい。
(2013/06/25)