複数のナイロン糸を創内に挿入し,毛細管現象でドレナージを図る方法を当サイトでは「ナイロン糸ドレナージ」として紹介してきた。これは主に動物咬傷では威力を発揮する治療法だが,動物咬傷以外にも応用が効く簡単な方法である。
【原法】
「3~5本の3-0ナイロン糸(縫合糸)を創内に入れ,抜けないように絆創膏固定する」という方法。今から10年ほど前に開発。ちなみに,ナイロン糸は未滅菌のものでいいし(創内は既に膿,つまり細菌で一杯なのだから,滅菌物を入れるのはそもそもナンセンス),釣り用のテグスでも代用可能。釣り用テグスでは3号くらいの太さのものがいいようだ。
【変法】
原法では「糸がチクチクしてちょっと痛い」という訴えがあり,それに対してきよすクリニックの伊藤先生が「ループ状にして入れれば痛くない」というシンプルな解決法を2008年に考案。これで「チクチク」はなくなった。
その後,更に
簡便な方法に進化(?)。
【コヨリ法】
考案者は伊豆下田診療所の細井先生で,外来見学にいらっしゃった際に教えていただいた(2013年7月)。
写真のように3-0ナイロン糸をコヨリ状にして創内に入れる,というシンプルな方法。上記の「ループ状ナイロン糸法」は入口が狭いところに入れ難いが,このようにコヨリにすることで先端のループが小さくでき
(写真にあるように2ミリ程度),入れやすくなる。また,コヨリにすることで剛性と弾力が増し,ナイロン糸の根本を持って操作できる。
ナイロン糸をコヨリにする方法だが,糸の両端を両手の母指と示指の間に摘んでU字型にし,糸を指先で同じ方向に転がすと簡単にコヨリになる。
ちなみに,細井先生は趣味の釣りをしている最中にこの方法を思いつかれたそうだ。
治療例:60代女性。
7月14日早朝,自宅の猫に下腿を噛まれた。腫れてきたため,同日夜,救急外来を受診した。当直医は創内を高圧で洗浄し,SBT/ABPCの点滴とオーグメンチン錠を処方。15日に再受診したが,痛みは強くなり,発赤の範囲も拡大。別の当直医はナイロン糸ドレナージを行った。16日,当科を受診したが,既に発赤の範囲は狭くなっていたが,まだ圧痛があったため,局所麻酔下に創の深さを探り,1センチ以上深いことがわかったため,数本の「コヨリ状ナイロン糸」を留置した。17日には発赤も圧痛も完全になくなった。
この症例の経過をみると,最初の当直医が行った
「創内洗浄+抗生剤点滴」は創感染に対して全く無力であり,むしろ蜂窩織炎の症状が増悪していることがわかる。翌日に見た別の当直医がナイロン糸でドレナージを行っただけで,翌日には発赤が消退しているが,これこそが「感染創ではドレナージが最も重要である」ことを示している。
そして,翌日筆者が診察し,局所麻酔を行なって創の正確な深さを診断し,コヨリ状ナイロン糸を挿入したが,1日ですべての症状が軽快したことから,動物咬傷のドレナージにおいては,咬創の深部まで確実にドレナージを行うことがいかに重要かがわかる。
【ペンローズドレーン vs ナイロン糸ドレーン】
- ペンローズドレーンを留置した方がいい場合
- 大量の出血があるかもしれない場合
- 粘調な液体(=血腫,関節液など)が貯留
- 下腿の打撲後血腫の切開後
- 化膿性関節炎切開後
- 化膿性滑膜炎切開後
- ナイロン糸ドレナージの方がいい場合
- 滲出液,出血が少量と予想される場合
- 傷口が小さい場合
- 滲出液が漿液性の場合
【ナイロン糸ドレナージについての質問】
先生はナイロン糸は滅菌した状態で使用されていますか?
わたし自身は皮膚膿瘍の排膿後のドレナージに使うので、滅菌した状態でなくても問題ない(常識の範囲内であれば)と思っています。縫合も普通のゴム手袋(自分の防御のため)でしており、滅菌手袋は使用していません。もちろん縫合時の創部の消毒もしていません。するのは創部の洗浄のみです。
私の外来では未滅菌ナイロン糸を使っています。ナイロン糸を挿入する際の手袋も未滅菌手袋です。理由は次の通り。
- 未滅菌ナイロン糸に多くの細菌が付着している確率はほぼゼロ(細菌が増殖するためには水分と栄養分が必要だが,ナイロン糸には水も栄養もない)。
- たとえナイロン糸に細菌が付着していて創内に入ったとしても,浸出液とともに外側にドレナージされる。
- たとえ創内に細菌が入ったとしても,感染源となる液体(=血液,組織液)がなければ感染は起こらない。そのためのドレナージである。