熱傷にみるどんぶり勘定


【熱傷面積は正確な数字なのか】
 熱傷の治療成績はどこまで科学的に分析できるのだろうか。私の考えでは,どこまで行っても統計処理に耐えるデータは出てこない気がするのだ。なぜかというと,次の二つのデータが原理的に不正確だからだ。

  1. 熱傷面積
  2. 熱傷深度
 ここでは熱傷面積の問題について取り上げようと思う(ちなみに,熱傷深度が正確に診断できないことについては拙書『ドクター夏井の熱傷治療裏マニュアル―すぐに役立つHints&Tips』で詳しく論証している)

 一般に,「熱傷面積(%)=受傷面積/体表面積」という数式で計算するが,実は正確な値は絶対に出せないのである。なぜかというと,

からである。


【熱傷面積の算出 ーどんぶり勘定の世界ー】
 体表面積は臨床医学の様々な場で必要な数値であり(例:抗癌剤の投与量とかクレアチニンクリアランスとか),一般には,身長と体重で計算することが多い(例:体表面積(m2)=体重(kg)0.425×身長(cm)0.725×0.007184)。とは言っても,これではさすがに大雑把すぎるため,細かい補正を加えた計算式もある(⇒「体表面積の算出法」。ここまで来るとすごく正確な値が出せるような気がするが,所詮は「身長と体重と年齢と性別」で計算しているだけであり,要するに「どんぶり勘定」だ。だって,同じ年齢で同じ身長で同じ体重の二人の男子がいても,片方は胴長短足でもう片方は胴短長足だったら,二人の体表面積は絶対に違うからだ(・・・悔しいけど)

 一方の熱傷受傷面積は正確に計算することは不可能だ。受傷部位の形が千差万別であり,おまけに受傷部位と非受傷部位の境目がよくわからないからだ。しかも熱傷は緊急事態だから,のんびりと面積を測っている余裕はない。

 そんなわけで,熱傷治療現場では熱傷受傷面積(%)を「9の法則(小児では5の法則)」,あるいは「手のひらの面積が体表の1%」という経験則で面積を計算するわけだ。

 これはこれで便利なのだが,考えてみると,足が長い人の大腿部熱傷のパーセンテージと,胴長短足人間の大腿部熱傷のパーセンテージが同じ訳がないからだ。たとえば、ダルビッシュと私で「全身に対する下肢の面積の割合」が同じ訳はないし(・・・悔しいけどさ),小顔美女の小西真奈美と顔のデカイ私で「全身に対する顔面の面積の割合」が同じなんてことは絶対にないのだ(・・・悲しいけどさ)。要するに「9の法則」もどんぶり勘定なのである。

 とは言っても,さすがに「9の法則」,「5の法則」では余りにも大雑把すぎると気付いた人がいて,年齢補正をより詳細にした「Lund & Browderの公式」が発表されている。もちろん、こちらの方が正確とされているが,原理的に考えれば所詮は「どんぶり勘定」の延長であり,「ちょっとマシなどんぶり勘定」に過ぎないことは明らかだ。


 ちなみに,熱傷治療の教科書には「9の法則」や「Lund & Browderの公式」が必ず書かれているが,どの教科書を見ても「これらは所詮はどんぶり勘定である」と書いてあるものはない。こんな簡単なことに気がついていないのか,気がついても敢えて書かないでいるのか,そもそも数学が分かっていないのか,それとも全く別の理由があるのか,一体どれなんだろうか。

(2011/06/27)

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