『日本人が知っておきたい森林の新常識』★★(田中淳夫,洋泉社)


 全く知らない分野について書いた本を読むのは楽しい。同様に[常識の嘘]を暴いている本を読むのは楽しいし,その常識が強固なものであればあるほど面白い。この森林についての本はまさにそういった一冊である。


 例えば,「森林は二酸化炭素を吸収するから地球温暖化を防ぐ」という嘘がそうだ。もちろん,植物は光合成を行う際に二酸化炭素を吸収して有機物を作り,酸素を排泄しているが,それは植物が若くて成長している場合の話であって,成長が終了した大木は大して二酸化炭素を必要としないのである。これは考えてみれば当たり前で,植物が光合成を行うのは成長に必要な有機物を自前で作り出すためであり,そのためには二酸化炭素が必要なのだ。成長が終われば有機物はそれほど必要でなくなり,結果的に二酸化炭素を取り込む必要もなくなる。というわけで,二酸化炭素の吸収という点では巨木が生い茂る原生林は効率が悪く,巨木を伐って若木を植えた人工林にした方がいい,という結論になるらしい。


 同様に,「森林には水源涵養機能がある」,「ブナ林は保水力がある」というのも嘘らしい。前者について言えば,水分を保持するのは基盤岩層であって森林土壌が保持する水分は山全体から見ると微々たるものらしい。人間はどうしても,自分の目で見える範囲で判断し「森の土は湿っているから水分を沢山含んでいるに違いない」と考えてしまうが,実は水分は人間の目に見ない所に保持されていたのだ。見た目と印象で判断してはいけないという良い例かもしれない。

 ちなみに,「ブナ林は保水力が高いから水が豊かである」というのは原因と結果の取り違えらしい。[ブナ林]だから[水が豊か]ではなく,[水が豊か]だから[ブナが生える]だけのことであり,ブナ林になったから水が豊かになったのでなく,元から水が豊かな森だったため,水分の多い土壌を嫌う木が育たず,そういう環境を好むブナが生えているだけの事だったのだ。
 要するに「ブナ林が水を呼ぶ」のでなく,「水がブナ林を呼ぶ」のだ。

 同様に「針葉樹の人工林は土壌流出防止機能が低い」というのも嘘らしい。確かにヒノキ林は土壌が流出しやすいが,それはヒノキの能力が劣っているからでなく,そもそもヒノキは土壌が薄くて痩せた土地に生える性質を持っているからであり,ヒノキが生えていようといまいと,元々その土地は土砂が流出しやすい土地なのだ。要するに「サボテンが生えたから沙漠になった」のでなく,「沙漠になったからサボテンしか生えなくなった」のと同じだ。要するに,母岩が最初にあり,その母岩の環境がそこに生存できる生物(樹種)をセレクトしているだけのことだ。


 また,原生林と人工林では後者のほうが生物多様性に富んでいる,というのも面白い。つまり,森林が破壊された後にできた二次林のほうが生物が豊かなのだ。要するに,江戸時代の武蔵野の雑木林と同じで,人間が適切に間伐して手を加えた森林のほうが多種多様な生物が暮らし,天然林は限定された生物しか住めないらしい。なぜかというと,前者には多様なニッチがあるが,後者はニッチに乏しいためだ。

 近年,世界各地で洪水被害が増えていて,その原因は森林破壊だという考えがあるが,これも間違いだという。増えたのは洪水でなく洪水被害であり,その原因は貧困問題であると本書は指摘する。そもそも洪水が必ず起こることがわかっている所に多数の人間が住んでいるから洪水被害が起こっているだけで,洪水自体が増えたわけではないのだ。皆が高台で暮らしていれば,洪水被害は起きないのだ。「川の上流での森林破壊が洪水被害の原因」というのは言いがかりに過ぎないと著者は主張している。

 「沙漠は緑化できない」という指摘も納得でいる。沙漠とは要するに「一年中高気圧」であり,上空からの下降気流しかないから雲ができる条件がないのだ。もちろん,人間がせっせと水を与えれば沙漠でも植物は育つが,人が世話を怠ればすぐに枯死してしまう。やはり生物とは「環境にセレクトされる」ものであり,生物が自分に都合よく環境を変えようと考えても,そうは問屋が卸さないのである。

 同様に嘘といえば,「焼畑は原始的な農業であり,数年で地力が落ちて作物が育たなくなるため,数年で耕地を手放さなくてはならない」というのも嘘である。焼畑は植物の成長に良すぎるため,作物が育たないのでなく,雑草がここぞとばかりにワサワサと生えてくるため,耕作を諦めて放棄せざるをえないらしい。つまり,焼畑をしようと焼いたところは「地力が豊富すぎて」作物と雑草の競合が起こり,作物が圧倒されるために数年で放棄するしかないのだ。そして,放棄された農地は盛んに草が生え,やがて低木の林となり,単調な生物相の原生林から豊かな生態系に満ちた環境に姿を変えるのだろう。このように考えると,焼畑が地球環境に及ぼす影響が破壊でなく再生であるということがよくわかる。


 もちろん,説明不足の部分もあるし,論理が飛躍している部分も少なくないようだ。また,この著者の考えや主張が林業業界や自然保護業界(?)でどのような位置にあるのか(例:認められているのか,異端の説なのか),それも私にはわからない。そしてもちろん,本書の内容を鵜呑みにするつもりもない。必要なのは物の考え方であり,データからの結論の導き方だ。

(2012/04/09)