本書の最初の数ページを読んですぐに思ったのは,「なんて読みやすい本なのだろうか,なんて理解しやすい本なんだろうか」ということだ。書かれている内容はガチガチの社会科学の論文といってもいいようなものだし,日常生活ではあまりお目にかからない専門用語も使われている。こういうタイプの本は得てして読みにくく,理解するのに一苦労というものが多いが,この本はそうではないのだ。
なぜ本書は理解しやすく読みやすいのか。理由は簡単で,文章が明晰で論理構造がしっかりしていることと,読み手に理解してもらうための工夫が随所にあるためだ。
例えば本書の文体を特徴づけているのは,カギカッコの使用と,やや多めの句点だ。前者は私もよく使うテクニックだが,「両翼の安定」とか「自営業の安定」のようにキーワードとなる言葉を際だたせる目的で使われている。カギカッコで囲まれた語句が特別の意味を持っていることを読者に知らせてくれるという点で,非常に効果的だ。後者の「やや多めの句点」も,長い文章の中で受けかかり関係を明確にするために,これまた効果的だ。
そしてさらに,文章の組み立て方がいい。例えば,「この変化をもたらした原因は3つある。1つは〇〇,2つ目は◆◆,3つ目は△△だ」という文章が随所に見られるが,こういうのは読んでいて読書のリズムが取りやすく,そして心地よい。
同様に,「この政策により〇〇が衰退することとなった。その理由は▼▼だからである」というように,まず結論を述べ,その後に理由を詳細に説明している部分も多い。この書き方は読み手にとって最も頭に入りやすい書き方である。凡庸な書き手は「このようなことがあり,この結果が生じた」と書き,その結果,論旨がわかりにくくなってしまうところだ。
あるいは,各章の最初が「その章全体の要約」で始まっているのもとてもいい。最初の部分で全体の流れと最後にどうなったかという結論が書かれていて,その後,それに至る歴史的経緯が詳細に説明されるわけだ。最初に結果が示されているから,読者は歴史的な説明を読んでいても,それがどのへんに位置し,これからどこに向かうかがわかっているから,安心して文字に身を委ねることができる。要するに,文章全体のベクトルの位置と方向がわかりやすく,これも読者に安心感を与える。
これだけでも十分なのに,「これまでの話の流れをまとめると次のようになる」と,歴史的経緯などをわかりやすくまとめる文章が何箇所も見つかる。どこまで親切なんだろうか。
「他人に内容を伝える文章の書き方講座」というのがあって,私が講師を頼まれたら,絶対に本書をテキストに使おうと思ったくらいだ。そして,第1章を読ませて「なぜこの文章は意味がわかりやすいのか」という問題を出そうと思う。
そして,内容がこれまたいい。人気の下町商店街を取り上げることもせず,地方都市のシャッター通り商店街を例に出すでもなく,第一次大戦後の日本の歴史を紐解きながら都市自営業者の存在にスポットを当て,彼らを取り巻く政治・経済・社会の動きを説明し,そのことで日本の商業活動における商店街の姿と変化を一大叙事詩のように描き出すのだ。まさにそれは壮麗な歴史絵巻であり,滅び行く商店街への鎮魂歌であり,地域社会復興のための処方箋である。
そして,本書は第二次大戦以後の日本の政治と経済を勉強する格好の教科書にもなっている。この時代は私の55年の人生と見事に重なり合う時代だが,言葉だけは知っているがその内容を実は理解していないもの(例:オイルショック,ニクソン・ショック,プラザ合意,前川レポート・・・)を正しく理解するのに最適なのである。
オイルショックとは何が「ショック」だったのか,その後の日本と欧米との経済摩擦はなぜ起きたのか,なぜあの時,日本は空前の土地バブルに突入したのか,バブル崩壊とは何が崩壊したのかは本書を読むととても良くわかる。同様に,「失われた10年間」でなぜ日本が低迷したのかもその理由は明快だ。非正規労働者の低賃金問題の原因は,1985年の年金改革にあったなんて,初めて知ったぞ。
同様に,私が子供の頃,輸入ウィスキーといえば超高級品だったのに(黒のジョニーウォーカーなんて超高級品の代名詞でしたね),ある時を境に一気に値下がりして国産ウィスキーより安くなった理由も,ある時を境にスーパーやデパートに洋酒売り場ができたのも,きちんとした歴史的背景があったのだ。そして,ある時を境に,街角に忽然と姿を表したコンビニが,瞬く間に日本のあちこちに出現した理由も,本書を読めば一目瞭然だ。
80年代の日米構造問題協議以降,日本の地方都市同士はアクセス道路で繋がれた。それは財政投融資で「道路を作るために道路を作った」からだ。その結果,街がどんどん郊外に広がり,ショッピングモールがアクセス道路沿いに作られた,しかしそのため,本来の街中心部では商店街が潰れ,買い物難民が生まれた。そして雪国では,郊外に広範囲に広がる県道や市道の除雪ができなくなった。要するに,「広い地域にパラパラと人が住み,ショッピングモールに車で買い物に行く」というライフスタイルが破綻しかけているのだと思う。
少子高齢化が急速に進んでいるこの国では,拡大型市街地はもう維持できないようだ(特に地方都市では)。嫌でも「コンパクト・シティ」を目指すしかない。街の中心部に住民が集まり,歩いて行ける範囲で生活が完了する街作りは,その回答の一つだろう。そういう街を作る上で,商店街というシステムを再構築するのか,あるいは巨大スーパーマーケットを一つだけ作ればいいのかと,本書は読者に問いかけている。
(2012/06/20)