もうダマされないための経済学講義★★★(若田部昌澄,光文社新書)


 私は経済学はド素人だ。だからこの本の内容が正しいかどうかは判断のしようがない。だが,私の山勘が正しければこの本の内容は絶対に正しい。こんなに多くの歴史的事実を理路整然と,しかも矛盾なく,少数の原理から説明できているからだ。こういう説明ができるのは,ベースにしている理論が正しいからと考えるしかないはずだ。もちろん,間違っている理論でも一つや二つの事実を説明することは可能だが,「すべての事実」となると話は別で,勘違い理論ではすべてを矛盾なく統一的に説明することは不可能だ。

 そしてこの本は良い本だ。科学系の本で「良い本」の条件とは,それまでゴチャゴチャしてよくわからなかった分野についてわかりやすく説明し,読み終えた時に頭の中の霧が晴れてスッキリ見通しが良くなった気分に浸らせてくれることだ。要するに,読んだだけで頭が良くなったような気分にしてくれるのがいい本だ。本書は私にとってまさに「頭が良くなった気分にさせてくれる」本である。

 本書を読む前,私は経済学に対し「経済学って要するに,過去の分析をあたかも科学のように仕立てただけの学問なんでしょう? 数学を使って何となく科学っぽく見せているだけなんでしょう?」程度に考えていた(だって,そうとしか思えなかったんだもの)。しかし,本書を読み,それが間違っていることを知った。「経済学さん,ごめんなさい。私が間違っていました」,と謝罪したいくらいである。


 本書では冒頭で「経済学とは何か。それは歴史的事実の中にロジックを見いだすことである」と定義している。そのロジックを導き出す根底にあるのは「インセンティブ」,「トレード・オフ」,「トレード」,「マネー」の4つの概念であり,これがいわば数学の定理に当たる。この4つにさらに「制度」を加えればすべての歴史的事実は説明できるのだ。そして本書は,江戸時代の経済活動から開国・明治維新の流れを一連のものとして説明し,20世紀初頭の大恐慌とそれからの脱出の過程を解き明かし,日本の高度成長の要因を分析し,さらに今日の日本の長引く不況とそれからの脱却の処方箋を見事に提示していく。どれも見事なまでに明確な解説であり,まるで幾何学の証明を読むように説明が整然と進んでいく。その,論理を積み重ねて演繹的に証明を積み重ねていく様は,壮麗ですらある。

 最後の「おわりに」に「経済成長はどうして望ましいのか。それは,基本的に変化を肯定する考え方だから。変化には,少なくとも成長する過程にはいいこともある」と文章があるが,私はこういう考え方が好きだ。

 経済が成長するには何か必ず変化が必要だ。昨日と同じことを明日もするのであれば努力も工夫もいらない。十年一日のごとく同じことを繰り返して生活していけば,変化のない安穏な10年間が過ごせるかもしれない。だが,それは退屈な日々だと思う。少なくとも私のスタイルじゃない。

 昨日と違ったことをするから新しい成果が得られるし,たとえ変えたことで失敗したとしても,新しい何かが見えてくる。そして,何か変えてみようという意志さえあれば,いつかはよい結果にぶつかるだろう。そういう楽観主義が私に合っている。そういう論理に貫かれているから,本書を読むのは心地よいのだろう。


 本書の内容については細かく触れることはしないが,第四講義の日本銀行(日銀)の問題点は面白かった。現在の日本銀行法(1998年制定)の問題点として,「日銀の判断が正しかったかどうかは日銀が判断するシステム」であることを指摘しているからだ。要するに,日銀総裁は金融政策の失敗を続けてもクビにならないし,「これは失敗ではない」と言い張れば失敗ではないのだ。何しろ,自分の答案用紙を自分で採点するのだからこれほど楽なことはないだろう。

 これは私が以前から指摘している「治療がうまく行ったかどうかは誰が判断すべきなのか」という医療の問題と同じだ。現在の医学の多くの分野では「医者がした治療を,治療した医者が評価」しているからだ。例えば,熱傷学会で「私の熱傷治療はこんなにうまくいっている」と医者が判断して学会で発表しているが,ここに患者サイドの評価は一切考慮されていない。皮膚移植を受けた患者さんが本当にそれで満足しているのか,それとも不満なのか,これなら手術を受けないほうがよかったと思っているのか,そういうデータさえ存在しない。

 これは「ラーメンの味の評価を客ではなくラーメン店の店主がしている」ようなものだろう。普通なら客が,「店は汚いがラーメンは美味い」とか「このスーツは着やすいが型崩れしやすい」とか「このホテルはサービスがいまいちだ」と評価するのだが,医学ではラーメン店側が「俺のラーメンは美味い」と評価しているのだ。

 ちなみに,そういうラーメン店の店主が集まって自画自賛しあうのが熱傷学会だったりする。


 昨今の中国や韓国との領土争いをみていると,どちらの国も政治(政治家)がしゃしゃり出てくると碌なことにならないが,本書を読んでその理由がよくわかった。まさにインセンティブの問題なのだ。

 これがもし,経済的な関係だったら冷静な判断が必要となり,互いに利益が得られる「落としどころ」が必ず見つかるし,そういう努力をするはずだ。「トレード」とは双方に利益が発生する行為であり,一方にだけ利益が発生する関係は「正しいトレード」ではないからだ。
 しかし,一つの島を巡って双方が領有権を主張し,どちらか一方の領有権が通ってしまえば,利益は一方にしかない。これは「正常なトレード」ではない。
 だから,経済的な関係だったら,双方にそれなりに利益がある解決法を見つけようとする。これが経済サイドのインセンティブだ。実際,経団連や財界はこの問題について,平和的解決を期待する旨の談話を出している。

 しかし,政治家にはそのような方向で努力するインセンティブは発生しない。それどころか,日本でも中国でも政治首脳部には「領土問題は騒ぎ立てる」方向にはインセンティブがある。自民党は民主党より更に強硬姿勢を見せる方向にインセンティブが発生している。だから,この問題を両国の指導者同士の話し合いで平和解決するのは,現時点では可能性が低いと予想できる。

 では,この問題はどうしたらいいのか。本書の論理を借りれば,インセンティブを決めるのは「制度」である。つまり,中国では共産党一党独裁という「制度」が,日本では小選挙区制&二大政党制という「制度」が,政治家(政党)の行動のインセンティブを決めている。だから,そういう「制度」を変えてしまえば,極右的強硬姿勢を採ることにインセンティブは発生しなくなる。

 このように,処方箋を書くのは簡単だがそれを服用させるのが難しい。なぜかというと,処方された薬を内服するインセンティブが政党にも政治家にも発生しないからだ。

(2012/10/01)