実は10年くらい前から,人類はかなりヤバい状況になっているんじゃないかと危惧するようになった。現状を維持しつつ、今後300年とか500年間,人類が繁栄を続けるなんてとても考えられないからだ。それどころか,データを集めれば集めるほど、22世紀に入るあたりにはかなり危なくなり,22世紀中には全滅かも・・・なんて思ったりする。
理由は幾つもある。
まず,淡水が絶対的に足りない。世界中で地下水が枯渇し始めているのだ。「世界の穀倉地帯」はメソポタミア文明以来の灌漑農業の原理で成り立っていて、灌漑とは要するに人為的な水補給であり,その大部分は地下水の汲み上げによって成立している。つまり,地下水が豊富に使えることを大前提にしているのが灌漑農業なのである。
だから,地下水がなくなれば穀物生産は不可能になり、そうなったら穀物に依存しまくっている食生活はほぼ確実に破綻する。そして,地下水は飲料水としても重要だが、もちろんこれも供給できなくなる。要するに、地球上の淡水の総量に比較して,70億人は多すぎるのだ(・・・しかも,世界人口が100億に届くのは時間の問題だ)。
この「淡水不足」問題の根本は,水の物理的・化学的特性にある。液体は重力に従って移動して位置エネルギーを最小にしようとするし,同時に水は何でも溶かし込む優れた溶媒だからだ。だから地表の水は必然的に海か地下に流れ、地球の水の大半は塩水だ(地球の水の97.4%は海水/淡水は2.7%/2%は南極とグリーンランドの氷床/地下水は0.66%)。もちろん、海水が蒸発して陸地に雨となって降れば淡水化されるが,海面からの蒸発量は太陽からの熱エネルギーで一義的に決まってしまうため,人間側が制御できないのだ。だから,この淡水不足問題は解決不能だ。
その他にも,化石燃料問題,窒素肥料農法の弊害と限界,これ以上増やせない耕地面積の問題など,難問山積である。それもこれもヒトの数が多すぎることが原因だ。体重50kgの雑食性動物が70億匹もいる事自体が無茶なのだ。旧石器時代には,世界中のヒトの人口は1000万位だったと推計されているが(つまり,東京都の人口が世界中に散らばっているイメージだ),体重50kgの生物の適正生息数は本来これくらいなのだ。現在の人類の数はその適性個体数の700倍なのである。この状態が200年も300年も維持できると考えるほうが無理だ。
では,なぜこんなにヒトは増えたのだろうか。なぜ際限なく増えるのだろうか。
その疑問に真正面から立ち向かうのが本書だ。本書の著者(私より13歳年上の東京理科大学の分子生物学者だ)は38億年前の生命誕生の時代まで遡り,原始の海で勝者になった原始細胞(現在のあらゆる生物の共通祖先がこれだ)がどういう「論理」を根底に生き延びたのかを明らかにする。それは次の3つの原理だった。
そして,この3原則はセントラルドグマとして原始細胞から子孫に「家訓」として伝えられた。動物も植物も、この家訓を正しく伝承し実践している。
ヒトが70億まで増えたのは,単にこの3つの家訓に忠実だったからに過ぎない。35億年前に誕生したシアノバクテリアが25億年前に爆発的・暴走的に増殖して海を埋め尽くしたのも,石炭紀にシダ植物が地表面を全て埋め尽くす大繁殖をしたのも(・・・その大量の死骸が地面に降り積もり,やがて石炭となって3億年後の「毛のないサル」に鉄文化と産業革命をもたらすことになる),単にこの家訓を守った結果なのだ。
だが,地球という惑星にとって「生命体」は,単なる環境汚染だった。とりわけ,シアノバクテリアの誕生は予想外の出来事だった。この細菌が「光合成」なんて余計なことを思いついたばかりに,地球の大気は本来の組成を失って混乱と混沌に叩きこまれ,地球大気は安定を失ってしまった。本来なら二酸化炭素と天然ガス(=炭化水素),そして窒素などで安定していたはずなのに,シアノバクテリアが炭素を体内に取り込んで炭水化物として固定し,自分にとっては使い道のない酸素をゴミとして排泄したため,大気中の二酸化炭素が減少し、同時に酸素濃度が上昇した。海水は還元的状態から酸化的状態に変化し、大気と海水は本来の組成を失って壊滅的なダメージを受けた。これを「史上最悪の環境汚染」と呼ぶ専門家もいるほどだ。要するに,シアノバクテリアは自分が生き延びるために「酸素というゴミ」を吐き散らかし,汚し放題に汚したのだ。
もちろん,地球の方も黙っていない。シアノバクテリアとその子孫の息の根を止め,地球本来の安定した静かな環境に戻すために氷河期という武器を繰り出した。シアノバクテリアがもたらした「大気中の二酸化炭素減少+酸素増加」は地表寒冷化作用を持っていたから,いわば,シアノバクテリアの創りだしたゴミを武器化したといってもいい。
そして,大陸の位置関係(これはマントル対流による大陸移動で決まると考えられている)が寒冷化に最適の時期を見計らって,地球は氷河期攻撃を生物に仕掛けてきた。地球は「環境汚染源である生命体」をあと一歩のところまで追い詰める。
だが,原始細胞の子孫たちはしぶとかった。カンブリア紀以後の6回の氷河期(そのうち3回は全球凍結である)をものともしなかった。ペルム紀末期の異常高温(メタンハイドレートの噴出・引火が起きて酸素分圧が一気に低下し,二酸化炭素が一気に増えた。その結果,平均気温が今より30℃高くなった)による大絶滅ですら生命体は全滅しなかった。6500万年前のユカタン半島への隕石衝突も恐竜のみを絶滅させただけで,その他の爬虫類も哺乳類も植物も昆虫も,何事もなかったように繁殖していった。そして,恐竜が占めていた生態系の座に哺乳類が居座るのに大した時間はかからなかった。
そして,「3つの家訓」の最も忠実な伝承者である生物が誕生する。それがヒトだ。この動物は家訓を守るために1万年前に農業を発明し,300年前に産業革命を起こし,100年前にペニシリンを発見した。その結果,人口が爆発的に増え,病気で死なないようになって高齢者が増えた。そして,年寄りは「いつまでも死にたくない。健康で生きていたい」と望み,その希望を叶えるために癌,脳血管疾患,心血管疾患を治療し,高齢化に伴う変性疾患まで治療対象になった。世界中で老人が死なない世界が訪れるまで,あと少しだ。そして,もうすぐ100億に手が届くまでに家訓を守り続けたヒトは,地球のありとあらゆる資源を食い尽くすだろう。そして恐らく,食うものがなくなるまで貪欲に食べ続け,増えていくだろう。
その先に何が待っているのか,もちろん私たちは薄々感じている。こんなことがいつまでも続けられるわけがないと感じている。何しろ地球は有限なのだ。だが,38億年前に決まった「生き物の基本ルール」をはみ出すことはどうしてもできないのだ。なぜなら,地球に生まれた生命の定義とは,「3つの家訓」を守ることであり,3つの家訓そのものが「生き物」の本質なのだ。
なお,この本では過去38億年の生命史と気候変動の歴史,さらには大陸移動の様子がとてもわかり易くまとめられていて,とても参考になった。それを勉強するためだけに読んでもいいくらいだと思う。
(2013/01/22)