「ヒトはなぜ太るのか」という命題に対し、あなたはどう答えるだろうか。現代医学の常識では次のように答えるのが正解だ。
例えば,現在多くの特定保健用食品(いわゆる「トクホ」)が販売されているが,その多くは「脂肪吸収を妨げる/脂肪を燃やす/コレステロールを下げる」ことをうたった商品だ(例:ヘルシアウォーター,ヘルシア緑茶,カテキン直茶,キトサン青汁,黒烏龍茶,コレステミン,カテキンウーロン茶など)。これは要するに「脂肪吸収を抑制し,血中コレステロールを下げることが健康への道である」という知識が世の中に広く普及し,それが常識となっている意味する。皆が「健康のためには血中脂肪を下げるのが一番。そのためには脂肪吸収を抑えらればいいのだ」と考えているから,ヘルシア緑茶も黒烏龍茶も売れているわけだ。
だが,糖質制限をしたことがある人には,この「常識」は通用しない。なぜかというと,糖質(=炭水化物と糖分)の摂取を減らせば簡単に痩せ,血中コレステロールも中性脂肪も下がってくるからだ。おまけに,運動をするわけでもなく,それどころか脂肪摂取量を増やしているのに血中コレステロールが下がり,体重も減っているからだ。つまり,「人間を太らせるのは脂肪でもカロリーでもなく,炭水化物だけ」ということを知っているのは糖質セイゲニストだけなのだ。
本書によると、1960年代まで「ヒトが太るのは炭水化物と砂糖を摂取しているから」というのは世界の常識だったらしい。本書では19世紀から20世紀中頃までのヨーロッパの論文を多数引用してそれを証明しているが、それよりも雄弁に証明するのは、トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』の登場人物が「乗馬のレースの前日には体重を増やさないように肉だけを食べるようにして、パンを食べなかった」という一節だ。要するに、小説の中の登場人物の普通の会話の中にも「太るのは炭水化物。肉は太らない」が登場し、それが当時のヨーロッパの常識中の常識だったことを示している。
そういえば、小林まことの傑作マンガ、『1、2の三四郎』の第9巻にも、プロレスラーになるために体重を増やそうとする三四郎に向かってヒロインの志乃が「三食甘いものだけ食べていれば10キロなんて簡単に太るわよ」というシーンがあったが、このマンガが少年マガジンに連載されたのは1980年だったから、やはり当時の日本では「甘いもの(=糖質)を食べるから太る」というのは社会の常識だったのだ。
それがいつの間にか、「消費するカロリー以上のカロリーを食べるから太る。運動しないから太る」というのが常識になり、ダイエットといえばまず最初にカロリー制限と脂肪摂取制限であり、脂肪に比べたら糖質(炭水化物)についてはうるさく言わない世の中になった。これは一体どういうことなのだろうか。
詳しくは本書を読んで欲しいが、「脂肪こそが心臓病の原因である」というアメリカ医学の「常識」から生み出されたものだ。そのため「脂質=絶対悪」となり、その反動として「脂質を含まないものは健康によい」という誤解が生まれ、その帰結として「(脂質を含まない)炭水化物は健康的な食品である」という間違いを生んでしまったのだ。
そしてその根底にあるのは、第二次大戦以後のアメリカ医学の反ドイツ、非ドイツの風潮らしい。第二次大戦を引き起こしたドイツへの反感が「ドイツ医学=古くさい間違った学問」という意識を生み、それまでドイツの優れた学者たちが作り上げてきた「正統派栄養学」が完全に忘れ去られ、アメリカ独自の「珍妙な栄養学」が唯一正しい栄養学となってしまった。要するに、政治が科学をねじ曲げてしまったと言えるかもしれない。
その他にも、本書を読んで面白いなと思った部分を箇条書きに抜き書きしてみる。
もしもこれらが真実であり事実だとしたら,この世の中の「栄養に関する常識」は全てひっくり返ってしまう。しかし,本書が提示する膨大なエビデンスは,本書の提言が正しく,栄養学の常識のほうが間違っていることを示している。
(2013/06/17)