これは生命進化史を俯瞰しつつ,哺乳類が哺乳という子育て法を開発するに至る過程と,哺乳に関するさまざまな生理学的・生化学的現象を,膨大な資料を背景に解説した本である。ちなみに私も『炭水化物が人類を滅ぼす』で爬虫類から進化した初期哺乳類がどのようにして乳腺の原基を獲得していったかを説明しているが,本書での説明は大筋は同じである。
また,生命進化や動物の進化の歴史を詳細に説明しているが,「卵生から胎生へ」,「変温性から恒温性へ」,「窒素排出の変遷」,「脳の進化」など,様々な項目ごとに説明されているのは,非常に使い勝手が良い。動物進化について何かわからないことがあったら,本書を紐解けば大概の疑問に答えてくれるはずだ。
そういう意味で,生命進化と動物進化,臓器の進化に興味を持っている人,学びたいと思っている人なら買って損はないと思うし,手元においておくべきだと思う。
では,問題が全く無い本かというとそうでもない。教科書としてはいいが,教科書以上ではないのである。つまり,知識を求めるにはいいが,読んで面白い本ではない。文章は固く,味わいに乏しい。まさしく「教科書」そのものである。せっかく,気宇壮大なテーマに取り組んでいるのに,「気宇壮大」感に乏しいのだ。その理由は,著者が生真面目な研究者であり,「学術論文の文体」しか文体を持っていないからだろう。
私はこれまで,多数の「魅力的な科学書」を紹介してきたが,それらに共通して見られるのは,未解決部分を想像力で補って一つの物語に完成させる能力,遊び心に溢れ余裕を感じさせる文体,緩急自在な文章のリズム,的確にして意表をつく比喩,読者を陶酔させ圧倒する壮大なクライマックスの創出・・・などだ。だから,これらの書は圧倒的な読後感を与え,科学の奥深さと面白さに目覚めさせてくれる。ないものねだりかもしれないが,そういう魅力があったら,本書は名著になったと思う。
あと,本書は「哺乳類誕生」というタイトルだが,哺乳類と乳の誕生について触れている部分は全体の1/4ほどでしかない。例えば,第一部は遺伝と進化について説明しているが,この説明だけで遺伝のメカニズムと突然変異について理解できる人はいないと思う。これらについて知っている人はすっ飛ばして読むだろうし,知らない人は読んでも理解できず,放り投げてしまう確率が高いと思う。つまり,どういう人をターゲットにして第一部を書いたのかがよくわからない。同様に,第二部の前半は「生命誕生,シアノバクテリア誕生,真核細胞の誕生,葉緑素の誕生」が説明されているが,これも「知っている人には物足りず,知らない人にとっては説明不足」だ。
穿った見方をすれば,「哺乳類と乳の問題だけでは本一冊分の文章にならないため,生命誕生などの一般的な話を入れてみた」のではないかと思う。なぜかというと,第一部,第二部の内容が後半の「哺乳類と乳の誕生」の説明に活かされるわけではないからだ。
これら以外にも,説明不足の部分,記述に矛盾が見られる部分について列記しておく。
(2015/03/30)