そこそこ売れている本を出版しております。すると「印税生活できるんじゃないですか?」といわれることがたまにありますが,世の中,そんなに甘いモンじゃありません。医学書は所詮,医学書でして,何冊医学書を書いてもそれで生活はできません。
今回はそういう方面の話をちょっと。
まず,医者で印税生活をしている人がどれだけいるかというと,私がある出版社の方に聞いたところでは,渡辺淳一,なだいなだ,加賀乙彦,北杜夫の4人くらいだろう,という話だった。つまり,一般的に「あの作家って医者だったの?」と驚かれるような人ばかりである。逆に言うと,書店によく本が並んでいるあの高齢な某先生とか,寄生虫で著名な某先生レベルでも印税だけでは生活できていないのだそうだ(あくまでも伝聞だけど・・・)。なぜそうなるかをちょっと説明しよう。
まず,本の書き手の収入には二通りある。買い取りと印税である。買い取りというのは「この本の原稿を○万円で売って下さい」と出版社から提示されるもので,それがベストセラーになってもお金はそれ以上入らない,という方式だ。一方,印税というのは「売れた部数ごとに本の定価の数%が入る」という方式だ。大体,売れそうな本は印税方式,売れそうにない本は買い取り方式が多いと思う。
さて,印税は予想される販売部数により決まる。売れないだろうなぁという本なら7%くらいだし,売れそうだと判断してくれれば最大で11%くらいが出版社側から提示される。また,「税」という名前が付いているがこれは税金ではなくロイヤリティなので,当然のこととして印税には税金がかかる。だから,1,000円の本が1冊売れて印税10%であっても,100円がまるまる入るわけではない。
例えば,印税10%で1,000円の本が1万部売れたとすると,印税は幾ら入るかといえば,もちろん100万円(100円×10,000)であり,税金を引いて手取りは90万くらいになる。勤務医の皆さんは自分の給料と比べてみてどうでしょうか。印税だけで勤務医の給料分を得るとしたら,定価1,000円の本を最低でも年間10万部以上売れることが必要なのである。しかし,それは不可能である。
なぜかというと,医学書で1万部売れるものは滅多にないからだ。医学部の学生が必ず買う有名教科書でもなければ,1万部なんて売れないのである。1年間に1万部も売れたら医学書のベストセラーじゃないだろうか。
何しろ,医者の数は全国で30万人ほどであり,全国の医者の1割が購入したとしても3万部にしかならないのだ。考えてみれば,1割の医者が購入するというのはただごとではないのである。1万部の医学書がいかに大変かがわかると思う。もちろん,日本中の医者全員が買ってくれれば30万部になるが,それでも30万部でしかないのだ。
「それなら,1万円の医学書を1万部売ったら900万円ゲットじゃないの?」と思われるかも知れないが,これは甘い。1万円の医学書がそんなに売れるわけがない。多分2,000部売れたらいいほうではないだろうか(通常,医学書は初刷り2,000部である)。この場合,手に入るのは結局,10万円前後だろう。
医学書で販売部数を増やそうとするなら,看護師さんやパラメディカルの人にも買ってもらえばいいが,そのためには,本の定価は2,500円が限度といわれている。
結局,医学書はどんなに売れても数万部くらいが限度であり,ましてその本は次第に売れなくなるから(内容が古くなるから当たり前),その一冊による印税は最高でも年間200万円止まりだ。これではとても,年収には到達しないし,印税生活なんて夢のまた夢である。
もちろん,1万部売れる2,000円の本を年に6冊も出せば印税生活は可能になるが,医学書をそのペースで執筆するのは絶対に不可能である。そんなにネタは続かないからだ。単独執筆で書いた医学書を6冊なんて絶対不可能だし,それを毎年,毎年,死ぬまで書き続けなければ「印税生活」とは呼べないのである。
その点,「本を一年間に6冊書けて,それが1~5万部コンスタントに売れ,それを毎年続けられる」のは,小説かエッセイなら可能だ。前述の「印税で生活できる医者」は全てこのジャンルの作家であるのは,ある意味当たり前なのである。医学書なんかを書いていたら印税では生活できないのである。
また,日本の税制から考えると,一冊の本が爆発的に売れてミリオンセラーになるのは実は得策ではない(例:「生協の○石さん」とか「電○男」とか)。「100万部の大ベストセラー」は確かに印税は数千万円になるが,その翌年の所得税にこの「数千万円」が効いてくるのである。翌年にも100万部のベストセラーが書けるのならいいが,書けない場合には税金分をどこかで捻出しなければいけない。
というわけで,ベストセラーを量産しているごく一部の作家を除き,突然,ベストセラーになっちゃったという方が,実は後々大変である。
(2007/03/06)
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