《ステルス》 (2005年,アメリカ)


 アメリカの正義が世界の正義,アメリカの平和あっての世界の平和,世界の平和と正義を守るのがアメリカの崇高な義務なのだと高らかに歌い上げる,豪華絢爛アホ馬鹿映画です。そのあまりの独善ぶりに,見ていて胸クソが悪くなってきます。何のことはない,この映画の登場人物さえいなかったら,世界の平和が守られているのです。迷惑という言葉はこの映画の主人公達のためにあるようなものです。

 断っておきますが,以下の文章はネタバレしまくりです。ネタがばれてもこの迷惑映画の真価(?)は揺るがないからですが,気になる人は読まないでね。


 舞台は近未来で,アメリカ海軍の精鋭,ベン(白人男性),カーラ(白人女性),ヘンリー(黒人男性)は最新鋭の戦闘機ステルス3機を操縦する先鋭チームです。そしてこの3人にもう「1人」メンバーが加わります。それが最新の学習型(?)コンピュータを搭載した無人ステルス,EDI(Extreme Deep Invader)です。この3人と1台がチームを作ってアメリカの平和のために日夜奮闘するって言う,それはそれは素敵な映画なんだよ。秋田のナマハゲは「泣く子はいねがぁ,悪い子はいねがぁ」と大晦日にだけ登場しますが,ベンのチームは毎日,「テロリストはいねがぁ,アメリカの敵はいねがぁ」と世界中を飛び回っているのですよ。

 まず,登場人物達があまりに類型的で笑えます。主人公のベンは正義感が強くてハンサムで勇敢なんだけど,女性にはちょっと奥手というかちょっとシャイです。ヒロインのカーラは美人で勝ち気で「今まで私の目に適う男なんていなかったわ」というタイプ。鼻尖がツンと上を向いていて,いかにもアメリカ人好みの美人さんですが,もちろん,脱いだらすごいのよというダイナマイトボディーです。そしてヘンリーはお調子者でいつもおしゃべりしていて女と見れば口説いてばかりだけど,いざとなったら仲間のために命を張るんだぜ,というタイプ。エディー・マーフィーのコピーみたいな感じですね。ちなみに,この人物紹介でもう気が付かれたと思いますが,途中でベンとカーラは恋仲になります。お約束ってやつです。あまりに順当すぎて,面白くも何ともありません。


 さて,このステルス・チームの任務とは何か。世界各地でアメリカの平和を脅かそうとしているテロリストどもを殺しまくることなんですよ。テロリストの基地を壊滅するためには山を丸ごと爆破だってします。テロリストが集結しているビルがわかれば,そのビルごとバンカーバスターみたいな強力爆弾で吹っ飛ばします。崩れ落ちるビルはまるでまるで「9.11」の再現です。アメリカの平和を乱すテロリストなんですから,害虫駆除と同じです。害虫駆除ですから,相手の国を少しくらい破壊したっていいじゃないですか・・・アメリカが平和になるんだったら・・・。おまけに,何しろステルスですから,他国に侵入するのもお手の物です。世界のどこにでも出向くのがこのステルスチームです。ビバ・ステルス!

 さあ,ここで疑問に思いませんか? いくらテロリストがいると言っても,それって外国ですよね。領空侵犯ですよね。

 もちろんそうです,立派な領空侵犯です。でも,アメリカの平和を守るという崇高な使命を持った領空侵犯ですから問題にする方がおかしい。アメリカの平和なしに世界の平和は実現されないから当たり前です。アメリカに領空侵犯は適応されないのです。ビバ・アメリカ!

 一応,市民を傷つけてはいけないよな,というところには気を使っているみたいで,テロリスト3人が集まるラングーンのビルは,「建設途中で市民はその中に一人もいないことを事前に確認し,しかもテロリスト達は未完成のビルの最上階に集っている」という無茶苦茶な設定をしてビルを破壊します。ビルのまわりには市民が生活していて,彼らは逃げまどう様子が写りますが,幸い犠牲者は一人も出なかったと言い張っています。さすがはアメリカ軍人! 素晴らしい!


 で,このEDIが飛行中に落雷を受け,コンピュータがちょっといかれちゃうんですよ。最新鋭のステルスなんだから,落雷くらいで故障するなよ,という気がしますが,気にしないようにしましょう。何とか空母に着陸するんだけど,EDIの頭脳は「自分でデータを集めて自分で対処法を考えて実行する」という方向に故障というか進化しちゃうわけよ。もちろん,チームの隊長ベンはそういうEDIと編隊飛行は組めないと上司に抗議するわけね。

 さあ,そこで問題です。上官はなんと言ったでしょうか?        ・
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 すると,その上司はベンに言うんだよ。「お前,ちょっと疲れているんだ。タイで休暇を取ってこい」。はぁ?タイ?! 何じゃそりゃ?
 そこで唐突に,3人はタイに行っちゃいます。なぜハワイでもバリでもニースでもなくタイだったのか不明ですが,有無を言わさず,タイロケのシーンに突入します。観客,訳がわかりません。

 でもタイ・ロケで気分が盛り上がったのか,カーラちゃんがボン・キュッ・ポンの高低差の大きな迫力ビキニ姿をご披露してくださいます。ありがたや,ありがたや。そして,それを見て発情したベン君とカーラちゃんの間に恋が芽生えます。
 二人の恋を成就させるために対で休暇を取らせるなんて,アメリカ軍って素敵!

 ちなみにこの「近未来」でもタイ国民のでの交通手段は自転車とリアカーだけです。人工知能を持ったステルスとリアカー付き自転車の対比がナイスです。東南アジアを思いっきり馬鹿にしています。


 とそこで,「タジキスタンで核戦争の危機が迫っている」と連絡が入り3人は呼び戻されます。何でも,テロリストが核弾頭とスカッドミサイルを手に入れたのだそうです。

 すると,テロリスト達の基地の様子が映されます。牛が引く大八車(!)にスカッドミサイルを運んでいます。のどかな牛車とミサイルのアンバランスさがシュールです。タジキスタンを馬鹿にしているとしか思えないシーンです。

 で,3人とEDIはタジキスタンに飛びます。もちろん領空侵犯しまくりです。そこで,カーラちゃんが「ここで攻撃したら放射能が飛び散るわ。この風だと明日には隣国のパキスタンに拡がっちゃう。攻撃は中止すべきよ」と言います。そんなの,飛び立つ前に気が付けよ。

 で,人間様がウダウダ迷っているうちに,すっかり頭が良くなったEDI君が勝手に攻撃しちゃって,テロリスト基地を破壊しちゃうわけよ。もちろん,放射線,飛び散りまくりです。おまけにEDI君,軍の極秘ファイルに勝手にアクセスして,「次の標的はロシアだ!」と勝手にすっ飛んでっちゃう。すると,海軍司令部からベン隊長に「EDIを連れて帰れ,もちろん無傷でだ」という無茶苦茶な命令が出されます。飛んでいるトンボを捕まえるんじゃないんだから,いくら何でもそれは無理じゃない,と思うのですが,ここで「Yes Sir」というのが海軍魂です。


 それでヘンリーがなんとかEDIを発見して説得するんだけど,説得に応じないため(何しろ機械だからなぁ),爆破するしかないとミサイル攻撃。するとEDIは一枚上手で,ヘンリー機を誘い込み山に激突させちゃう。だから「EDIを連れて帰る」のは無理だって。迷子の子犬じゃないんだから・・・。

 おまけに,カーラちゃんのステルスにヘンリー・ステルスの破片がぶつかり機体の一部が破損。何とかアメリカに戻ろうとするんだけど,途中で操縦ができなくなり,なんと都合よく(?),北朝鮮上空で非常脱出することになり,ステルスは空中で爆発するんだよ。で,ステルスの破片が雨アラレと降り注ぎ,カーラちゃんのパラシュートが燃えだし,あわや地面に激突と言うところで木に引っかかって助かります。もちろんそこは悪の枢軸,北朝鮮です。

 ちなみに「近未来」の北朝鮮国民の生活様子が写されますが,すごく貧しいです。みんな川で洗濯をしたり,薪を拾ったりしています。人工知能搭載無人ステルスと巻き拾いの対比がナイスです。東アジアを思いっきり馬鹿にしています。


 一方,ロシア領内に入ったEDIはロシア軍に発見され,EDIを追うベンとロシア軍の間で空中戦になります。自国を守るためにスクランブル発進をしたロシア空軍ですが,あえなくベンとEDIに全て撃ち落とされます。どう考えても,ロシアには非はなく,ステルスの方が悪いはずなんですけど,この映画に限りアメリカに非はありません。

 で,EDIの頭脳には,自分(EDI)を助けてくれたベンとの間に友情みたいなものが生じてきます。さすがは最新鋭コンピュータです。一方,ベンにはカーラちゃんが北朝鮮に不時着したことを知らされます。

 すると軍の上司から「アラスカに民間施設があるから,そこにEDIと一緒に着陸せよ」と命令が出されます。何で民間基地にステルスが着陸させるの,それっておかしくない,それって罠じゃないの,と誰しも思いますが,もちろんその通りです。この映画を見ている人全員がおかしいと思っているのに,ベンだけ気が付かず,民間機地に無事着陸します。

 が,オマヌケに着陸したのに,なぜか突然陰謀を見破るのが我らがベン君。彼はEDIに乗って脱出し,愛するカーラちゃんを助けに行く事を決意。「お前が行けば戦争になるだけだ」と空母の艦長(黒人でいい人役)が言うんだけど,「仲間が困っていたら助けろとあなたは私に教えてくれましたはずです」と反論するベン君,聞く耳を持ちません。テロリストを倒すという本来の使命を忘れ,恋に生きるベン君,素敵です(・・・世界中の迷惑だけど・・・)


 一方,カーラちゃんが身につけているのは機関銃1丁のみで,それで北朝鮮国境を越えようとします。都合よく,韓国との国境近くに墜落した模様です。彼女が自分の位置をどのようにして知ったのか,よくわかりませんが,ま,いいでしょう。そして国境警備の北朝鮮軍に見つかり銃撃戦になります。数十人の兵士が追ってきます。カーラちゃん,絶体絶命です。でも大丈夫。北朝鮮兵士の弾は一発も当たりませんが,カーラちゃんの弾は百発百中,撃てば当たります。敵はバタバタやられますが,カーラちゃんは無事です。北朝鮮兵士の皆さん,もうちょっと射撃訓練した方がいいと思います。

 そこになんと,EDIに乗ったベンがカーラを発見! 何で見つけられたのかよくわかりませんが,EDIを着陸させ,カーラの救出に向かいます。すると北朝鮮の狙撃兵が一人だけ登場し,ベンを狙いますが,もちろん,ベンが死ぬわけはありません。それにしても,あれだけウジャウジャいた北朝鮮の兵士達,どこに行ったんでしょうか。

 ま,それはおいとくとして,ベンとカーラは感動の再会。抱き合う二人。すると今頃になって,北朝鮮のヘリが1機飛んできて二人を狙います。北朝鮮の国境警備隊にはヘリは1機しかない模様です。するとベンの危機と判断したEDIは飛び立ち,ベンを助けるためにヘリに体当たりします。仲間(?)を助けるために自分を犠牲にするEDIの最後に感動的な音楽が重なり,嫌がおうにも感動を押し売りしてきます。そしてベンとカーラは手に手を取って国境を越えます。

 そして最後のシーンは空母の甲板。アメリカを救うために犠牲になったヘンリーの死を全員で悼みます。数百人の兵士たちが整列して一人の死を悼むのです。なんて感動的なんでしょうか。今まで数千人規模(放射能被害も含めると数十万人規模?)で市民を殺しまくっていたベンとカーラが,ヘンリーの死を無駄にしないと決意を新たにし,二人の愛を確かめておしまいです。


 テロリストや他国の市民は何万人でも殺すが,仲間の犠牲は一人でも許さない,一人の同僚を救うためなら戦争を起こしても構わない,という判断がナイスです。アメリカって,なんて素晴らしい国なんでしょうか。


 さあ,今日も飛び立て,ステルスチーム。テロリストは一人でも許しちゃいけない。テロリストを倒すためなら君たちは全てが許される。アメリカの正義こそが世界の正義,アメリカの平和こそが世界の平和。世界の平和を守る勇者,それがステルスチームさ。

(2006/10/10)

 

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