《ファイト・クラブ》 (1999年,アメリカ)


 非常に感想の書きにくい映画である。なぜかというと,複雑に張り巡らされた伏線,あっと驚くどんでん返し,鮮烈なスピード感あふれる映像美,圧倒的な格闘シーンなどでカルト的なファンを持つ映画だからだ。判る人には判る,といった感じで,この映画に対する評価は,たまらなく面白くて素晴らしい映画という評価と,なんだかゴチャゴチャしてわかりにくい映画という両極端に分かれていたはずだ。

 とにかく,至る所に仕掛けがしてあるもんだから,その真の意味とかを深読みすると,いくらでも深読みできてしまうのである。しかし,「深い何かを暗示するように描いているけど,本当は大したことがないんじゃないの?」と思ってしまうと,実はそんなに深い内容のシーンじゃないよね,と取れることになってしまう。見方によっていかようにも変貌する映画である。

 批判するにしても賞賛するにしても,「君はこの映画の本質が見えていない!」と批判されることは目に見えている。だから感想が書きにくい。


 ストーリー自体もかなり錯綜している。

 主人公は自動車会社の社員で全国を飛び回っている。いわゆるエグゼブティブというやつで,高級マンションに住み,高級ブランドの家具を揃え,ブランド服を身につけ,食器やインテリアも洗練されている。だが彼には一つの悩みがあった。頑固な不眠症であり,どんな治療も奏功しない。そして何より,毎日の生活の繰り返しにどんな意味があるのか,自分はなぜ生きているのか,そんなやりきれない思いを感じている。生きている実感が希薄なのだ。

 精神科医は彼に「もっと不幸な境遇にいたり,もっと深刻な悩みを持つ患者は世の中にたくさんいるんだ」と告げる。そこで彼は,末期癌や難病に苦しむ患者の互助会グループがあることを知り,自分の正体を明かさずに会に参加し,患者たちと苦しみを隠さず告白し合ううちに精神が癒され,不眠症は一時軽快に向かう。しかし,同じようにニセ患者を装って会に参加する若い女性,マーラに出会うことでまた不眠症が再発してしまう。

 そんな中で,彼は出張中の飛行機の機内で,タイラーというちょっと危ない雰囲気と魅力を持った男に出会う(ちなみにブラッド・ピットが演じている)


 そんなある日,彼が不在の時,自宅で爆発事故が起こる。警察の捜査では,軍でしか手に入らない爆発物によるもので,誰かとトラブルになっていないかと尋ねられるが,もちろん主人公には心当たりはない。とりあえず,住むところもブランド家具も全てを失った彼は住む場所を探さなければいけない(もちろん保険はしっかりかけていたので,全財産を失ったわけではないが・・・)

 その時,彼はタイラーの名刺を見つけ,彼に連絡を取る。彼とバーで待ち合わせ,さんざん酒を飲んだ後,彼の部屋に泊めて欲しいと持ち出す。

 店の外に出た時,タイラーは「力一杯,俺を殴ってくれ」と言い出す。いきなり人を殴るなんてできないと断るが,ついに断りきれず,タイラーを殴る。そして今度はタイラーが主人公を殴る。二人ともボコボコになるまで殴り合う。その痛みの中で主人公は,生きているという実感を取り戻す。やがて彼は,廃墟のビルに住み着いているタイラーと奇妙な同居生活を始め,後にこれにマーラが加わることになる。


 都会の色白エリートそのものの主人公に対し,タイラーは危険な魅力に満ちている。腕っぷしは強いし,体はでかくて逞しい。リーダーとしてのカリスマ性は持っているし,知性もありいろいろなことを知っている。社会の仕組みの裏側も知っていれば,哲学的な会話もできる。おまけに精力絶倫と来ている。要するに,主人公が求めようとしている全てを具現しているわけだ。

 主人公とタイラーは当初,路上で殴り合っていたが,次第にそれに参加する人間が増えてくる。殴り合うことで自分の肉体の痛みを通じて精神の渇望を癒そうとする男たちが集まってくる。やがて彼らの殴り合いの場を廃墟ビルの地下室に移し,より多くの仲間が集うことになった。男たちは一対一で殴り合う仲間たちを見守るために集まってきて,試合が終わると今度は自分が殴り合いに参加する。そんな集まりをタイラーは「ファイトクラブ」と名付け,ルールを作りリーダーとして君臨する。

 やがてファイトクラブは地下組織のように全米の各都市に広まるが,タイラーの部下たちへの指令は次第にエスカレートしていき,ついに社会全体へのテロリズムを行うことを決める。

 そんなタイラーに着いて行けなくなった主人公はある日,タイラーの部屋から大量の使用済み航空券を見つける。そしてタイラーの足取りを辿るうちに,ついに彼は自分とタイラーの間の驚愕の事実を知る。


 と,ここまでで映画の半分くらいだが,これ以上書くのは止めよう。物語の重要な謎,作者の仕掛けたネタをばらすことになってしまうからだ。

 確かにこの謎が判ってしまえば,冒頭の主人公の不眠症の理由が理解できるし,主人公とタイラーのさまざまな謎めいた会話の意味も分かってくる。最後のビル爆破のシーンでの謎めいた画像の一瞬の乱れの意味も,何となく納得できる。画面で暗示的に示されていることまで全て読みとろうとするのは大変だが,そういう見方にも耐える映画である。

 この映画を好きかどうかと問われるとちょっと答えが難しいが,いい映画だしすごい映画であることは間違いないと思う。少なくとも私にとっては,お涙頂戴の甘っちょろい映画よりははるかに面白かったし,心に残るものが多かった。見終わった後のカタルシスは強烈と言っていいと思う。また,映画のここかしこで挿入される主人公の独白は深く,心に沁みる。

 格闘シーンが多く,この映画の紹介には必ずと言っていいほど「過剰な暴力性」という言葉が添えられているが,あの格闘シーンをもって「暴力の表現」というのは間違っていると思う。あれは暴力の表現ではなく,「肉体の痛み」なのである。お互いに殴り合うのは,それで自己の肉体の存在を再確認するための儀式なのである。だから,殴り合うシーンはいかにも「痛そう」であるが,お互いに納得ずくでの殴り合いなので,少なくとも暴力とは呼ぶのはおかしい。

(2006/07/31)

 

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