天下のアカデミー賞受賞作品です。感動ヒューマン大作映画です。ストーリーもよく練られていますし,金も十分にかけています。もちろん,安っぽさなんて皆無です。主人公の天才数学者ジョン・ナッシュを演じるラッセル・クロウの演技も素晴らしいです。精神の病に悩む彼の姿を迫真の演技で演じています。
まさに,アカデミー賞を取るために,アカデミー賞選考委員の好み(=アメリカの好み)と涙腺のツボをうまく衝いています。賞を取るべくして取った作品です。深い夫婦愛が描かれた感動ヒューマンドラマが好きな人にはお勧めの映画でしょう。
もちろん,私も感動しました。特に最後のノーベル賞受賞のスピーチは目頭が熱くなってきましたし,見終わってからしばし,深い余韻に浸ることができました。
しかし,手放しで褒めることはできません。この映画には致命的欠点があるからです。これについては,後ほど説明します。
まず,映画のストーリーですが,話の展開上,前半しか明かすことができません。この映画に限り,話の後半というか,真実を説明しちゃうのは反則でしょうから・・・。
ナッシュは天才的数学者。プリンストン大学の院生です。彼は,それまで説明づけられてこなかった現実のさまざまな諸相を真にオリジナルな理論で説明しようとして苦闘します。しかし,あまりにオリジナリティに拘るあまり,大学の授業には出なくなり,論文も書けなくなります。元々,人付き合いが下手で孤独癖があるもんだから,それが余計に加速します。
しかし彼はなんとか,彼独自の「非協力ゲーム理論」を完成させます。それは,150年にわたり経済学を支配してきたアダム・スミスの古典経済理論で解決できなかった問題に解答を与えるものでした。それにより,彼は国防省関係の研究所に就職できます。ちなみに,彼の理論が後に経済学だけでなく,生物学,遺伝学,生態学,政治学,さらには株式投資の理論にまで広く応用されることになり,それが1994年のノーベル経済学賞受賞に繋がります。
しかし当時は,米ソの冷戦のまっただ中。そこで数学の天才を見込まれ,軍から暗号解読の極秘の仕事が依頼されます。彼は誰も解けなかった暗号の中に一つのパターンを見いだし,それにより暗号は見事に解読されます。それ以後,彼の活躍は続きます。
しかし,それを知ったソ連側にとて彼の存在が邪魔になり,ついに彼に刺客が送り込まれます。すんでの所で軍関係者の車に助けられ,派手なカーチェイス,銃撃戦に巻き込まれ,家族にまで危険が及ぼうとして彼の不安は頂点に達します。
と,ここまでが物語の前半です。ここから,予備知識がない人にとっては,あっと驚く展開になりますので,それは見てのお楽しみ。この後のストーリー展開については,これ以上書きません。
さて,この映画には最大の弱点,欠点があると書きました。それは「天才数学者としてのナッシュ」の偉大さが全く伝わってこない点です。確かに,大学で授業をするシーンはあるし,窓から外を眺めていて,人が動く様子からヒントを得て数式を窓ガラスに書き込み,窓が数式で一杯になるシーンもあります。「リーマン予想」に挑戦しているらしいことも2度ほど言及されます。しかし,それだけです。彼の「ゲーム理論」とはどういうものなのか,彼は何を成し遂げたのか,彼の発見によって何がどう変わったのか,そもそも彼は数学者としてどの程度のものなのかが,全く説明されません。
これではちょうど,天才ピアニストを主人公にしている映画なのに,楽譜を読むシーンばかりで,実際の演奏の場面がないようなものです。いくら彼が天才ピアニストというふれこみであっても,観客には全く伝わりません。それと同じです。
多分この映画を作った人は,数学なんてどうせ説明したって観客にはチンプンカンプンだろうし,数学について苦労して説明するより,彼の妻の献身的な愛を描いて観客の涙を絞ろうと考えたのでしょう。しかし,それなら何も,彼を主人公にする必要はないし,夫婦愛さえあれば,株仲買人だってフットボール選手だって小学校の教師だってギャングだってよかったはずです。
要するにこの映画に作り手にとって,ナッシュという人物は,夫婦愛の映画を作るための口実,都合の良い人物に過ぎないのです。映画の作り手がナッシュという人間に惚れ込んで作った映画,とは決して見えないのです。
そういうあざとさというか,舞台裏が見えてしまうかどうかが,この映画を評価するかどうかの分かれ目でしょう。
(2006/07/24)
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