《地獄のデビル・トラック》(1986年,アメリカ)


 モダンホラー小説の巨匠といえばスティーブン・キング。彼の原作を元にした映画といえば,《キャリー》とか《シャイニング》などがあり,どちらも有名なホラー映画である。しかし,どうもキングご本人はこれらの映画には不満だったらしい。そこで「こんな映画を作ってくれって頼んだんじゃないんだ。俺が作って欲しかったのはこういう映画なんだ」とばかりに自らメガホンをとった監督作品がこの《地獄のデビル・トラック》である。

 そしてどうなったか。最低のクソ映画,アホ映画になってしまった。恐怖もなければ笑いもなく,ただただひたすら,くだらない画面が延々と続くだけ。


 要するに,「そうか,スティーブン・キングってこういう人なんだ」,ということがよくわかってしまうのである。見た目は利口そうなんだから黙っていればアホと気が付かれないのに,口を開いちゃったからアホがばれた,というところでしょうか。そこがわかっていて,それでも自分の本性をわかって欲しくてこの映画を作ったとすれば,キングは勇気あるなぁ,と思うし,全く気がつかず,自分が作りたいから作ったとすれば,救いようのないお馬鹿さんということになる。

 20世紀の後半,アメリカ産のホラー小説といえば,キングとクーンツだったと思う。私はどちらも読んだが,クーンツは私に合っていたらしくほとんどの作品を読んでしまった。しかし,キングの小説はどれも脳味噌が受け付けなかった。クーンツもキングも馬鹿馬鹿しい世界を描いたホラー・パニック小説なんだけど,クーンツは馬鹿馬鹿しさから逃げずにきちんと論理を通して世界を構築しているのに,キングは最初から最後まで「だからなんでそうなったの?」という読者の疑問をお構いなしに,独自の世界観を一方的に押し付けてくるだけである。疑問が疑問のまま終わるか,それなりに答えてくれるかは大違いである。そこがクーンツとキングの違いなんだろう。

 その違いがよく分かるのがこの映画である。要するにキングは,読者とか観客のことなんてどうでもいいのである。相手の話を聞かずにひたすら自分のことを喋り続けているだけなのである。相手が呆気に取られて言葉を失っているだけなのに,「自分の世界が受け入れられた」と勘違いしているだけなのである。要するに,脳味噌がお子ちゃまのまま大人になっただけでしょう。


 そういえばこの文章,途中で文体が,「である・だ」調から,「です・ます」調に変わっちゃったけど,気にしないでね。


 で,どういう映画かというと「地球になんとかいう彗星が大接近し,そこで磁場とか何とかが乱れ,その影響で世界中の機会が人間を襲い始めた」というストーリーです。普通ならこのあらすじを聞いたら,世界中の大都市とかで電気がストップしたり,交通が乱れたり,通信ができなくなったり・・・というパニック映画を想像するでしょうが,キングにそんな常識は通じません。

 舞台になるのはアメリカの田舎にある(?)一つのガソリンスタンドとそこにあるドライブイン(?),そして周辺の道路だけ。そこを,大型トラックやトレーラーが暴走族のように,ガソリンスタンドの周りをぐるぐる走り回るだけです。なんとこれだけで98分ものの映画にしちゃいます。要するにキングは,「巨大トラックがぐるぐる走り回って,人がバンバン殺される映画」が作りたかっただけなんでしょう。


 磁気とか何かで狂っただけのトラックがなぜ意志を持つのか,人の方に正確に向かってくるのはトラックが視覚を獲得したからなのか,トラックは暴走しているのにその他の乗用車が暴走しないのはなぜか,なんて疑問を持ってはいけません。

 ドライブインの地下室が兵器庫になっていてバズーカや手榴弾だらけなのはアメリカでは普通なのかとか,ドライブインに閉じ込められた人たちが手馴れた様子でバズーカ砲を打ちまくるのはアメリカ人は誰でもバズーカ砲の討ち方を知っているからなのかとか,そういう疑問も持たないようにしましょう。

 狂った脳味噌を持ってぐるぐる回っているトラックだって所詮は可燃物なんだから,ガソリンをそこらにぶちまけて火をつけ,地下室に隠れるかなんかしたら助かるんじゃないかとか,そういうツッコミもなしです。アメリカ中にガソリンスタンドやらドライブインがあるはずなのに,なぜそのドライブイン目指して大型トラックやトレーラーが集まってくるのか,そもそも,なぜそのドライブインが舞台になったのか,という疑問もご法度です。

そんなのを一々気にしていたらこの映画は見られません。観客はひたすらキング様が提示する,くそガキが殴り書きをぶちまけたようなストーリーを受け入れるしかないのです。


 そして何よりこの映画で悪いのは,登場人物への愛が全く欠如している点。登場人物は殺されるために登場しているかのようです。冒頭で狂った自動販売機から打ち出されるジュースが当たって死ぬ野球コーチや子供たち,中心人物(?)の一人の子供の父親の無残な殺され方,なぜか台車の上にマシンガンが装備されていてこれに撃ち殺される人たち,聖書のセールスマンの死,どれもこれも意味がありません。キングが面白がって「次はお前が死ぬ番だ」と指差し,殺されるのがこの映画です。


 ラストも投げやり。「二日後,大型のUFOが宇宙空間で発見され,ソ連の気象衛星が破壊した。気象衛星にミサイルが積んであったのだ」って終わるんだぜ。

 「なんで宿題をしてこなかったの?」と先生に言われて,「だって,家に宇宙人がいて騒いでいて宿題どころじゃなかったもん」と答える出来の悪い小学生ですか,スティーブン君は。


 スティーブン・キングが自分の作りたい映画を作っただけだから目くじらたてなくたっていいじゃん,という大人の感想もありましょうが,これを配給し,DVDを販売している会社はこんな風に宣伝しています。

「ミザリー」などで知られる作家スティーブン・キングが、自らの短編を初監督で映画化した、人間を襲う巨大トラックの恐怖を描いたホラー。

地球の側を通過した彗星の影響で、地上のあらゆる機械が人間を襲い始めた。田舎のスタンドに閉じ込められた人々は意志を持つ巨大トレーラーとの闘いを強いられる事になるが…。モダンホラーの帝王、作家スティーブン・キングの監督デビュー作。

 全くの嘘っぱちですね。これはホラー映画ではないし(この映画が怖いという方が怖い),「地上のあらゆる機械」が人間を襲う様子は描かれていません。これは要するに人を騙すために書かれた宣伝文です。「キングというビッグネームと適当な誇大宣伝さえあれば,こんなクソ映画だって売れるって」という声が聞こえてくるDVDジャケットです。


 というわけで,スティーブン・キングの作品ならクズでもゲロでも好き,という人にはお勧めの映画です。

(2006/04/21)

 

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