いつか取り上げようと思っていた漫画だが,つい最近,単行本化されたので満を持して(?)紹介しようと思う。雑誌「週刊モーニング」で連載されている野鳥観察漫画である。ちなみにタイトルの「とりぱん」とは「鳥の餌はパンの耳」という意味だったと思う。
で,どういう漫画かというと,東北地方の小都市(内容からすると岩手県盛岡市周辺の町と思われる)に住む30代独身女性(無職,両親と同居中)が,自宅の庭にあるエサ台(もちろん,野鳥に餌をやるためのエサ台ですね)に集まる野鳥達の姿を中心に,身の回りの田舎生活(といっても半径500メートルくらいだけど)を生き生きとユーモラスに描いた作品だ。
とにかく,連載第1回目に登場する青ゲラのポンちゃんを見て欲しい。こいつの様子がムチャクチャ面白い。エサを食べるしぐさ,エサ台に仁王立ちする姿,人の気配を察して巨体(結構でかい鳥である)を隠す様子など,観察がとても細かく,そしてポンちゃんを見る作者の視点が暖かいのである。そして,隙あらば喧嘩ばかりしている野鳥武闘派のヒヨドリ,地面を歩いてばかりのツグミなども見事に描写されている。おまけに,「春に咲くクロッカスの黄色は土の暖かさ」と説明するなど,自然に関する感性がとても鋭いのである。しかもこれだけのことが,連載第1回目のわずか4ページの中に描かれているのだ。
このように野鳥の生態が正確に描かれているだけでも見事なのに,そのさまざまな様子に作者がつけたキャプションがこれまた面白いのである。例えば,ヒヨドリが雛を連れてきてエサを口移しに食べさせるシーンの親鳥の心情(?)説明を見て欲しい。絶対に笑うぞ。このシーンを立ち読みした貴方,買わずに立ち去るのは難しいと思うよ。
作者のとりのなん子さんがこの漫画を書くに至った経緯も面白い。もともとは普通のOLだったらしいが,次第に会社勤めが苦痛になり,それからどうするか決めずにとりあえず退職することを決めていたらしい。そこで好きな漫画雑誌「モーニング」の新人賞募集をしているのに気がつき,締切まで2ヶ月も無いため,とりあえず野鳥漫画でも書いてみるかと書いてみて締め切り間近に投稿し,投稿と同時に退職を申し出たという。その漫画がなんと大賞を取ってしまい,あれよあれよというまに連載が決まったのだ。
このとき,この漫画賞の審査員のかわぐちかいじ(「沈黙の艦隊」「ジパング」などで超有名な巨匠)とさだやす圭(「ああ播磨灘」「おかしな2人」で超有名な巨匠)の2人が,「この作品を大賞にしなければ俺は審査員を降りる」というほどその作品に惚れ込んだらしい。今回出版された『とりぱん』第1巻にその受賞作も掲載されているが,デビュー作と思えないほど完成度が高く,他の誰も描けない独自の世界を確立していることがわかる。私も「モーニング」誌上でこの受賞作を読んだが,すぐに続きが読みたくなったことを覚えている。もともと,漫画家のアシスタントをしていたらしいが,それまで「自分の絵」を描いたことはなかったというから,彼女にしても博打みたいなものだったのではないかと思う。
そして多分,彼女が応募対象としたのが「週刊モーニング」だったことも正解だったと思う。「週刊モーニング」は大ヒット漫画を連発している雑誌だが,ユニークな作品,ユニークな新人を発掘している雑誌である。これまでも,今回のなんのとり子さんのような経緯でデビューした女性漫画家が何人もいたと記憶している。確か,秋月りす(「OL進化論」などで有名)も「モーニング」の姉妹誌である「アフタヌーン」の賞を受賞したことでデビューしたが,資料によればこのとき既に30歳でしかも既婚だったそうだ。同様に,松田洋子(「薫の秘話」などでちょっと有名。最近,あまり見ないけど・・・)も離婚して収入がなくなったため,「モーニング」の何かの賞に応募して見事に大賞を射止め,とりあえず生活できるようになった,と彼女の作品に書いてあった。秋月さんにしても松田さんにしても,非常にユニークな受賞経緯であり,「モーニング」だったからこそ彼女達の才能が発揮できたのだと思う。
この『とりぱん』は現在でも「モーニング」で連載されていて,今年の秋に出版予定の第2巻には,あの涙なしに読めない傑作,「あるカマキリの死」が収録されるらしい。今から秋が待ち遠しいのである。
(2006/03/27)
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