《沈黙の陰謀 The Patriot》(1998年,アメリカ)


 スティーヴン・セガールの『沈黙シリーズ』は暇つぶしにはちょうどいいです。ストーリーは勧善懲悪の典型だし,主人公のセガールは絶対に負けないし,その意味ではどれを見ても似たり寄ったりです。違うのは舞台と設定くらいじゃないでしょうか。まぁ,いい意味で「シリーズ」ですね。

 しかし,この『沈黙の陰謀』はかなり毛色が違います。バイオテロ映画です。ですが,いつもの「沈黙シリーズ」に垣間見られるご都合主義のストーリー運びと強引で不自然な設定は健在です。しかも全体に説教臭くて押しつけがましいときています。『沈黙シリーズ』の悪いところを寄せ集めたという感じでしょうか。多分,セガールの映画で最悪の作品でしょう。

 大体,タイトルからしてひどいです。原題は〝The Patriot〟,つまり「愛国者」。どこが「沈黙」なんだ,何が「陰謀」なんだ! 「セガールだから沈黙ね」というつもりなんでしょうが,あまりに安易な意味不明のタイトルです。


 ストーリーはこんな感じでした。

 主人公のマクラーレン(セガール)は,かつて政府機関で働いていた世界有数の免疫学者なんだけど,今ではモンタナの田舎で診療所を開業し,人間と動物(!)の治療をしながら,一人娘(妻とは死別したんだったかな?)を育てながら自然を満喫する生活を楽しんでいます。

 彼らの暮らしている町でちょっとした事件があり,反政府主義を唱えるネオナチ信奉者達の立て籠もり事件が起きています。新生アメリカを唱える熱狂的愛国者(原題はここから来ているのだろう)と彼が率いる武装集団が立て籠もっているんだけど,この指導者がとんでもない計画を立てるんですね。政府機関から盗み出された空気感染性の致死性ウイルス(CIAとかがが開発したんだったかな?)を自分に感染させ,感染状態のまま警察に投降し,町中にそのウイルスをばらまこうとするんですよ。もちろん自分たちはそのウイルスの特効薬(CIAがそのウイルスと共に開発した物ですね)も同時に注射するから安全,というわけです。というわけで,彼を取り調べた裁判所の判事,保安官と発病してすぐに死んじゃい,どんどん感染者が増えていきます。

 ここでマクラーレンはそれがただの感染症でなく,かつて自分が開発に関与した新型ウイルスNAM-37であることを見抜き,政府に連絡。かくして街は封鎖され,軍隊と特効薬を持った医師団が入り込むわけです。

 ところが,ウイルスの方が変異しちゃったらしく,この特効薬が効かないんですね。当然,ネオナチ指導者も発症しちゃう。そこでネオナチ部下は指導者を奪還すべく軍隊と医師団を襲うわけです。軍隊の方は想定の範囲外の攻撃なんであっけなく全滅しちゃう。そして,医師団の一部だけを残して,彼らに「この病気を治せ」と命じるわけですよ。
 そこで,マクラーレンの娘の血液が抗体を持っていることが判っちゃう。なぜ彼女がウイルスをやっつけられたか,マクラーレンがあれほど患者に直接手を触れているのに感染しないのかは,後半明らかにされます。要するにネイティブ・アメリカンが「秘密の花」と呼ぶハーブ(実はそこらに生えている雑草だったりする)が抗ウイルス作用を持っていて,この親子は毎日それをハーブティーにして飲んでいたから,感染しなかったと言うわけです。

 その後は,娘を捕まえて血液を採ろうとするネオナチ連中と,それを阻止し,かつ治療法を見つけようとするマクラーレンの戦いになります。もちろん,マクラーレンは娘を奪還し,しかも治療法も見つけ街は救われる,と「めでたし,めでたし」で終わります。


 このようにストーリーをまとめただけで,かなり強引と言うか,そんなのあり,という気がしませんか?

 こういうネオナチが盗み出されたウイルスを闇で購入し,それをばらまく,というのはいいとしても,そのウイルスの開発者(マクラーレン)が偶然その街で開業しているというのはあまりに出来過ぎです。また,その町の郊外にそこら中に生えている「秘密の花」が特効薬だった,というのもなんだかなぁ。これも偶然もここまで来ると不自然です。

 そういえば,後半に登場するお姉さん(ネイティブ・アメリカンである娘の祖父と暮らしていて,どうやら医学の研究者らしい)もあまりに都合よすぎる人物設定です。だって,この小さな街(何しろ街をちょっと抜けると家一軒ない荒野が広がるような田舎ですぜ)に二人の医者がいて,それがどちらも研究者だったという確率,多分ゼロです。ありえません。しかもこのお姉さん,大した働きをするわけではありません。何のために登場したのか,いまいち意味不明です。

 そして,見つけた薬草の花を町の人に配る方法がまたとても不自然。なんとヘリコプターから「これを煎じて飲んで下さい。これで助かります」って拡声器で叫びながら,薬草の花びらをばらまいちゃう。当然,花吹雪みたいな状態になります。ヘリコプターの風で吹き飛んでいます。せっかく見つけた特効薬をなぜこんなに不確実な方法でばらまくんでしょうか。どうせ小さな街なんですから,車で一人一人に渡しても時間はかからないし,そちらの方が確実でしょう。要するに,ヘリコプターから花びらをばら撒くシーンをセガールが撮りたかっただけでしょう。


 そして何より不自然なのは,マクラーレンのとてつもない強さ。こんなに強い医者,いませんって。銃を撃てば百発百中,銃を突きつけられても落ち着き払って相手の銃を素手で奪っちゃうし,殴り合いになってもネオナチの戦士たちをパンチ一発で殴り飛ばしちゃう。世界的免疫学者といえば研究に次ぐ研究,論文書きと学会発表で寝る暇もないはずですが,どこでこんな凄い技を学ぶ暇,どこで見つけたんでしょうか。


 セガールはセガールなんだから,慣れない医者の役をやらせるよりいつものマッチョな役にすべきです。見ている方もそういうセガールを見て安心するわけだし。

(2006/03/02)

 

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