- 『南極海 極限の海から』(永延幹男,集英社新書)
- これは南極生物の生態系研究者による書。南極に着くまでの船旅の様子から始まり,南極探検の歴史,南極研究の歴史が書かれ,そして南極の豊穣な生態系の様子が描かれている。南極で作られる冷たくて重い「南極底層水」が,数千年かけて地球の海洋全体を循環する事を始めて知ったが,その雄大さはまさに感動もの。
そして植物性プランクトンとオキアミが支える南極海の生態系の豊かさと複雑さ! 前回紹介した『生命40億年全史』の中に,「もしもシロナガスクジラが化石でしか知られていなかったとしたら,この巨獣が数センチ足らずのオキアミだけを食料にしていたということを信じる学者は恐らくいないだろう」というような一節があったが,これを一つをとってみても,あの極寒の南極海がどれほど豊かな生産性を持っているかがわかるはずだ。
しかしその南極は,地球温暖化とオゾン層破壊の直撃をまともに受けている地域でもある。20世紀終わり頃,オゾンホールは南極全域を覆うほど拡大したし,紫外線の増大は植物プランクトンを直撃し,それを食料にしているオキアミは減少すると危惧されている。
地球温暖化の影響も南極では深刻で,2000年5月の棚氷崩壊の規模は,南極半島で過去50年間に見られた棚氷崩壊の合計を凌ぐ量であり,実に東京都の5倍弱の面積の棚氷が一挙に崩壊した。これはただならぬ崩壊量である。
著者はこのような地球温暖化とオゾン破壊について,賛否両論を公平に紹介している。そして,一つの見方だけで温暖化は理解できないし,オゾンホールの拡大・縮小に関与する因子が実に複雑であることも教えてくれる。
と同時に,地球温暖化のために棚氷が崩壊した,というシナリオに反対したのがどの国の研究者なのか,そしてその反対意見が国の利益を代弁したものであることも淡々と述べている。恐らくこの部分は,この書を「告発の書」として読んだ時には物足りなく感じるかもしれないが,同時に,研究者としての懐の深さを示しているといえると思う。
いずれにしても,地球環境に興味を持っている人は,是非,ご一読いただきたい。地球の大きさと,環境バランスの絶妙さを再確認させてくれる本であることは間違いない。
(2003/05/19)